正月を東京で過ごした僕たちは、世間よりひと足遅れて、1月6日の最終便の飛行機で屋久島へと戻った。鹿児島を飛び立って屋久島が見えてくる時分は、ちょうど夕暮れの美しいとき。その日の屋久島は珍しく雲がかかっておらず、オレンジ色に染まった空を背景に、そのシルエットをくっきりと浮かび上がらせていた。その光景を目にしたとき、都会の様々な「残像」が一掃され、不思議と精神が研ぎ澄まされていくようだった。

その翌日には島の伝統行事、「鬼火焚き」が控えていた。毎年正月7日に各集落で執り行なわれる火祭りのひとつで、厄を祓い、無病息災などを祈願するものだ。僕は毎年その準備から携わっているが、帰島したばかりで集合時間も分からなかった。家に帰り着くやいなや、船行集落の区長宅に電話して確認すると、朝8時から準備に取りかかるということだった。
当日は比較的暖かな朝を迎え、予報では夕方から雨ということだったが、ひとまずは晴れ間も覗くまずまずの天気。集落の裏手の広場に村人が集まると、早速島での日常が再開した。まずは鬼の絵を掲げる「御柱」を組むため、孟宗竹と燃やすとバチバチと音を立てることから「バチバチの木」と呼ばれるハマヒサカキを、二手に分かれて切りに行く。船行での鬼火焚きは今年で3度目だが、過去2回は「竹切り班」だったので、今年は「バチバチ班」に加わった。クルマで5分ほど走ったところにある、安房(あんぼう)港に程近い知人の所有地で切らせてもらい、2トントラックに満載して広場に戻ると、すでに立派な孟宗竹が高々と立てられていた。それに僕たちの切ってきたバチバチの木と細い竹を、「カズラ」で幾重にも巻きつけていくと、例年になく立派な御柱ができ上がった。




