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故郷の山と学び舎の記憶(後編)

2008年5月19日

やがて鬱蒼とした森の中に、全く異質な雰囲気を放つ、ゴツゴツとした赤い樹肌をしたヒメシャラが姿を現した。

「あっ! おばけヒメシャラって、あれじゃない!?」

最初に気づいたのは妻だ。

「ホントだ! すげぇーーー!」

集中力を欠き始めていた息子は、“おばけヒメシャラ”を相手に抱きついたり登ったりして戯れると、まんまと息を吹き返した。

「お弁当、いつ食べようか? 12時過ぎたけど、山頂まで我慢する?」

「うん、私、眺めのいいところで食べたい!」

「ボクはお腹空いたけど、ちょっとなら我慢できる」

「そしたら、あと30分くらいだから、もう少し頑張ろうか」

「うんっ!」

“おばけヒメシャラ”をあとにして、まもなく稜線に出ると、木々の隙間から碧い海が見え隠れするようになる。さらに見通しのいい場所まで登ってくると、反対側には宮之浦岳(1936m)をはじめとする奥岳の山並みが、くっきりと連なっていた。

「ほら、あれが宮之浦岳だよ。お前ら見たことないだろ?」

「うん。じゃあ、あそこが屋久島で一番高いところ?」

「そうだよ。九州でも一番高いところだよ」

宮之浦岳は、里のすぐ後ろに聳える前岳と呼ばれる山々に遮られて、里からは望むことができない。飛行機や船から見たことはあったかもしれないが、こうして屋久島のてっぺんを眺めるのは、我が子らはもちろん妻も初めてだ。

奥岳の風景を楽しんだら、いよいよ最後にして最大の難所が待ち受ける。山頂直下の西斜面をトラバースするように辿ると、道は次第に険しく、そのうえ狭くなってくる。谷側はヤブで見えないが、かなり落ち込んでいるはずだ。

「あともう少しだけど、最後まで気を抜くなよぉ。この辺が一番危ないからねぇ」

注意を喚起するため、我が子らに放った言葉だが、それは自分自身に向けたものでもあった。何しろ足の踏み場が30センチもないようなところを、ロープにつかまって斜面に張り付くように進むのだ。そんなところを子供に歩かせる以上、親としては最大限の注意を払わなければならない。

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