時が経つのは早いもので、今年も別れの季節が巡ってきた。島では年度末を迎えると、幾多の別れのドラマが港や空港で繰り広げられる。殊にフェリーの着港する宮之浦(みやのうら)港では、ひっきりなしに盛大なセレモニーが催され、島の風物詩のひとつにもなっている。
学校の教職員や県の職員など、いわゆる「転勤族」の人たちは、だいたい3年前後で異動になるケースが多い。僕たち一家が屋久島へ移住してきたのも、ちょうど3年前のこの時期。つまり僕たちと時を同じくして、この島に越してきた人の中には、再び新天地へ向けて島を離れる人が多い。その点において、今年は僕たちにとっても特別で、この3年間で仲良くなった友人や知人、妻の職場の仲間や、我が子らがお世話になった小学校や幼稚園の先生方など、多くの人たちを見送らなければならない。年々別れの数が増えるのは、僕たち自身が島人になりつつあることの証なのかもしれない。
3月30日。この日は日曜日とあって、例年以上に多くの別れのドラマが待っていた。僕たち一家も昼前に宮之浦港へやってくると、まずは高速船ターミナルへと向かう。娘が小学校で2年間お世話になった、担任の先生を見送るためだ。多くの人はフェリーで島を離れるが、じわじわとした別れは切なさも増幅するようで、中には高速船や飛行機であっさり島を離れたいという人もいる。

ターミナル前の広場では、別の小学校の教職員も同じ高速船で島を発つらしく、両校それぞれのセレモニーが隣り合わせに執り行われた。別れの挨拶に花束贈呈、校歌斉唱に万歳三唱と、ひと通り終えると子供たちも親たちも、そして先生方も皆、涙と笑顔を交錯させながら、別れを惜しむようにゆっくりと乗り場まで送り出す。




