「そっちは、雨、大丈夫?」
ここ数週間、東京の両親や友人などから、屋久島の天候を心配する電話やメールが頻繁に来ていた。大雨による土砂災害などが、九州地方を中心に相次いでいたからだ。
「九州本土は大変みたいだけど、こっちはそうでもないよ」
屋久島は比較的本土から近い島だが、記録的な大雨をもたらした前線の影響はほとんど受けていなかった。屋久島では梅雨に限らずとんでもない大雨が降ることは珍しくないが、林道沿いなどで土砂が崩れることはあっても、ニュースになるような甚大な被害におよぶケースは少ない。それは島の約9割を覆う広大な森林のもつ、水源涵養機能(※)のおかげといえよう。
今年の梅雨は、前半こそ雨は少なかったものの、6月も半ばを過ぎると屋久島らしい雨降りの日が続いていた。毎年この時期は、森が気になって仕方がない。梅雨の季節こそ木々や苔たちは恵みの雨をたっぷりと含んで、森全体が一体となってみずみずしい輝きを放つ。一年で最も森が生き生きとするときだ。今年もそんな森の姿を見ようと、雨がやみつつも小雨が降り残っているような、そんな都合のいいタイミングを待ち望んでいた。
ある朝、それまで数日間にわたって降り続いていた雨はだいぶ弱まり、予報では午後には回復に向かうという。森を潤している雨も次第に上がって薄日でも射してくれば、タイミングとしては絶好だ。山にはまだどんよりとした雲がかかっていたが、取りあえず行ってみることにした。
向かった先は白谷雲水峡。屋久島の中でもとりわけ苔の美しい森だ。クルマで森の入口までやって来ると、細かい雨が強まったり弱まったりを繰り返していたが、空は思ったよりも明るく、期待できそうだ。森に入ってしまえば、さほど雨に濡れることもなく、梅雨時の森を堪能するにはちょうどいい。里はジメジメとムシ暑くても、森の中はしっとりとしてさわやかだ。

ヒノキゴケ
※森林およびその土壌が雨水を吸収して水源を保ち、河川の流量を調節する働き。




