2月28日。この日は旧暦1月11日にあたり、船行神社の1年で最も重要な祭り、例大祭が行われる日だ。
船行神社は僕の住む船行集落の一角に厳かに佇む、お産の神様が祀られている由緒ある神社。かつては島内各地から、妊婦がひっきりなしにお参りに訪れたという。境内には樹齢700年ともいわれる立派な杉の大木があり、屋久島の里にある杉としては最大級の大きさを誇る。杉の南限である屋久島の低地においては、本来自然状態では杉は存在しない。
何でも船行は元々「山師」が多く暮らしていた集落だったらしく、神社の建立とともに、杉に対する敬意をもって植栽されたのだとか。最近の調査では、これらの杉は屋久杉の素質を備えているとの見解が示されているという。本来生育するはずのない里地に適応した屋久杉の遺伝子。それは神社の神様がもたらした奇跡なのか、それとも明らかに他よりも寒い、船行の気候がもたらした偶然なのか…。

当日、午後2時から祭典が執り行われるというので、仕事を中途にしたまま僕も足を運んだ。船行に引っ越して来て今回が三度目の神社の祭典となるが、最初のときは少々戸惑った。祭りだというので家族揃って神社へ行ってみると、出店が並び、人々で賑わっているのかと思いきや、特に変わった様子もなくひっそりとしていた。何やら拝殿に人々が集まっていたのでうかがいみると、そこでは宴が催されていた。僕も促されるように拝殿に上がると、本殿の前へと案内され、「二礼二拝一礼」でお参りさせていただき、お神酒を授かる。ちなみに屋久島では、お神酒は焼酎だ。
それが終わると、僕も宴に参加したのだった。そう、これが「祭り」なのである。「祭る」を辞書で引くと、「供物・奏楽などをし、神霊を慰める。神としてあがめる」とある。なるほど祭りの本質は、まさにそこにあるわけだ。出店が立ち並び、活気のある様を勝手に期待していた僕たちだが、改めて本来の意味を認識させられたのだった。
それ以来戸惑うことはないが、例大祭となるとまた違うのだろうかと、少々不安に思いながら神社へやって来ると、やはり境内はしんと静まり返っていた。唯一いつもと違かったのは、鳥居のわきにのぼり旗がはためいていたことだ。拝殿まで進むと、この日は島の守護神・彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)が祀られている益救(やく)神社の宮司がいらしていて、まさに祭りが始まらんとしているところだった。




