「正月の7日には、“鬼火焚き”と“祝い申そう”があるからよ。それまでには帰って来てな」
年末に東京へ帰省する前、同じ集落に住む地元の人に念押しされた。それらは島の各集落で行われる、正月の伝統行事。「鬼火焚き」は、厄を祓い、その年の無病息災を祈願する火祭りのひとつで、「祝い申そう」は門まわりともいわれるが、その日の夜に集落中の家々を訪ね歩き、祝い歌を歌って回るというものだ。
昨年は安房集落でこれらの行事に参加したが、同じ島の同じ行事でありながら、その内容は集落によって少しずつ異なる。祝い歌などは、集落によって調子や詞まで違うから面白い。その昔、地形の険しい屋久島にまだ道がなかった頃、他の集落へは船で渡ったと聞いた。おそらく、同じ島でありながら集落同士の交流は少なかったのだろう。その結果、こうした風習も集落ごとに、それぞれの伝わり方をしてきたのだろうと考えられる。なにしろ屋久島は、集落によって方言も違うほどだ。
そして正月7日、前日の雨はパラつく程度に弱まったものの、屋久島で最も寒いともいわれる船行集落では、時折あられも混じる寒い朝を迎えた。8時には鬼火焚きの準備のため、集落の男たちが公民館の山手にある広場に集まった。今年は僕もその中にいた。島の伝統行事に裏方として関わるのははじめてで、その「核心」に触れられることを光栄に思った。

まずは手分けをして、鬼の絵を掲げる「御柱」を組むために、孟宗竹や「バチバチの木」などを切りに山へ向かう。バチバチの木とはハマヒサカキのことで、屋久島ではそのように呼ぶそうだ。なんでもバチバチと音を立てて燃えるからだとか。僕は竹切り班の一員として、集落の裏手にある竹林へと分け入った。真っ直ぐに高く伸びた竹を選び、切り倒す。長さにして十数メートルもあろうか。これが御柱の芯になる。そしてもう一本別の竹を切り倒し、さらに1.5メートルほどに切り分ける。
「これは何に使うんですか?」
「弓を作るんだよ」
聞けば、掲げた鬼の絵をめがけて弓矢を放つのだという。これも集落によって様々で、石を投げたりパチンコを撃ったり、はたまた鉄砲を撃つ集落もあるという。切り出した竹を軽トラに積んで広場まで戻ると、早速支柱となる孟宗竹を高々と立てる。




