屋久島には七五三の慣習がない。聞けば、七五三と同じ意味合いのお祝い事で、「七草祝い」があるという。
「お子さんはもう、七草をやったの?」
そう聞かれても、はじめのうちは何のことだがさっぱり分からなかった。「七草粥」はイメージできても、「七草祝い」のことなど知る由もない。それは鹿児島地方に古くから伝わる独特の風習らしく、男女とも数え七歳の正月七日に、親戚や知人宅などを七軒回って七草粥やちらし寿司などをいただき、子供の成長を祝い、健康を祈願するものだという。「七」ばかりの並ぶ、なにやら縁起のよさそうな風習だ。所変われば品も変わるものである。
屋久島に移住して来た一昨年の4月、このとき娘は数えで7歳になっていたので、すでに七草祝いのタイミングを逸していた。そして昨年の11月には5歳になる息子と一緒に七五三を迎えるはずだったが、屋久島で祝う七五三というのも、どうもしっくりいかない。形式にこだわるつもりはないが、娘が7歳で迎える七五三の思い出は、やはり残してやりたい。一生に何度もあるお祝い事ではないので、思い切って帰省を兼ねて、東京で祝ってあげようと考えた。しかしながら、本来の七五三の時期に帰省するには、あまりに効率が悪い。ともすると海外へ行くよりも高い交通費をかけて、せいぜい3〜4泊程度ではもったいない。昨年の正月は帰省しなかったこともあり、多少時期はずれではあるが、年末年始休暇に東京へ行くことにした。
「今年はふたりとも七五三なんだけど、屋久島では七五三をしないんだって。だから冬休みは東京へ行って七五三の写真を撮ろうか。それがお父さんとお母さんからのクリスマスプレゼントとお年玉だ。どう?」
「えっ!? いいよ! そしたらオレ、マックに行きたい! それからムシキングのゲームをやろうっと!」
「ワタシは、ラブ&ベリー!」
我が子らにとっては、もはや七五三のことなどどうでもよく、東京へ行くことそのものが楽しみなようだった。
高速船で鹿児島まで約1時間50分。バスに乗り継いで鹿児島空港まで約40分。そして羽田空港まで約1時間半。ようやく到着すると、僕の父親がクルマで迎えに来てくれていた。そこから実家のある足立区までは首都高速を走る。空いていれば30〜40分の距離だが、年の瀬ということもあってか、島人にとっては想像を絶する大渋滞。なんと2時間以上もかかってしまい、この日最も短い移動距離が、最も長い移動時間となった。
翌日、予約していた写真スタジオに記念撮影へと向かう。さすがにこの時期ともなれば、七五三撮影をする家族は他にはいない。昼から夕方まで店は貸し切り状態で、衣装も選び放題の着放題。和装から洋装まで、お気に入りのものを何着も着せてもらい、娘も息子もご満悦だった。





