屋久島の森は、霧に包まれることが多い。黒潮に浮かぶ山岳島の特徴だ。暖かい海から生まれる大量の水蒸気は、2000メートル近い屋久島の山肌を駆け上がると、急激に冷やされて雲となり、雨となって島に降り注ぐ。この島で一般的な天気予報が当てにならないのは、こうした屋久島の特異まれな地形による。
また、樹齢千年以上になる屋久杉の多くは、標高1000メートル前後に多く生育している。その辺りは雲霧帯といわれ、霧の最も発生しやすい場所で、年間を通して湿度が高い。深く濃い霧が、巨木の森を育んでいるというわけだ。そのせいもあってか、巨木と霧とは、「絵」としての相性がいい。お互いの存在感がぐっと増すのだ。なかでも霧に佇む縄文杉の風景は、神々しいまでの世界を演出してくれる。
里もようやく秋めいてきたある日、久しぶりに縄文杉へ行くことになった。この日は朝から曇っていたが、時折晴れ間の出る、まずまずの天気。いつものように、夜明け前のまだ薄暗い中、トロッコ道を歩きはじめる。別段、霧のことを気にしているわけではなかったが、いよいよ巨木の点在する大株歩道に入り、徐々に標高を上げていくと、なんとなく周囲の空気感が変わってきた。しっとりとやわらかで、ひんやりとした空気が肌に触れる。ふと見上げると、うっすらとした白い霧が、森に舞い降りようとしていた。
「もしかすると、縄文杉に辿り着く頃は、森に霧が立ち込めているかもしれない…」。期待に胸がふくらんだ。
縄文杉の近くまでやってくると、森はだいぶその雰囲気を変えていた。空気中に舞う微細な水の粒子が肌に触れると、カラダの細胞のひとつひとつが目覚めるように、森の空気を敏感に捉える。しっとりと潤う木々たちもまた、生き生きとし、カラダの大部分が水で構成される僕たちの細胞と、周囲の空気を介して共鳴するかのようだ。
いよいよ縄文杉の観察デッキの階段を登り切ると、そこには白霧の森に包まれるように、「島の長老」は静かに佇んでいた。より一層厳かで、神々しいまでの雰囲気を放つその光景は、もはや植物という生命体の枠を超え、この島を司る者の風格さえ感じる。




