ここしばらく、奥深い山々の風景を見ていない。里から見える前岳の山々は新緑真っ盛り。前岳に遮られて望むことのできない奥岳の山々は、今頃どんな色になっているだろう…。見えないだけに、最近ずっと気になっていた。

「太鼓岩」と呼ばれる、奥岳を一望できる絶景ポイントがある。春の訪れを感じる頃から、山を淡いピンク色に染める、山桜の咲き誇るタイミングを待ち続けていた。だが、「春の嵐」が吹き、満開と同時にはかなくも散ってしまい、チャンスを逸してしまった。そして今度こそはと、新緑に塗り替えられるときを狙って、ひたすら天候とにらみ合う日が続いていた。
そして、その日はやって来た。朝起きて空を見上げると、ほとんど雲は見当たらない。
「山へ行くけど、お前も行くか? 今日はいい眺めだぞ」
平日ではあったが、仕事が休みだった妻を誘ってみる。太鼓岩は今やメジャーなスポットだが、妻はまだ訪れたことがなかった。
「今から山へ行って、子供を迎えに行けるの?」
「急げばね」
「じゃあ、行ってみようかな」
太鼓岩は雲に覆われることが多く、何度も訪れている僕も、絶景に出合えたのは最初の一度だけ。こんなチャンスの日を、みすみす逃してはもったいない。
ふたりの子供を小学校と幼稚園にそれぞれ送り出すと、カメラ機材と山の装備をてきぱきとザックに詰め込む。「ちょいと散歩にでも行くか」というノリではあるが、れっきとしたトレッキングだから、それなりの準備は必要だ。




