屋久島のてっぺんは1936mにもおよぶ。日本百名山・百番目の山、宮之浦岳。九州の最高峰が、直径わずか30km程の島に聳える。「洋上のアルプス」と称される所以だ。例えるなら、ほぼ東京23区の広さのど真中に、2000m級の山が聳えるようなものだ。
実際にこの島に住んでみると、島で暮らしているというよりは、山の麓で暮らしている感覚が強い。砂浜のビーチが少ない屋久島では、島の外周を通る県道をクルマで走っていても、海の見えないところが案外多い。それに対して山の風景は、決して視界から外れることはない。
11月も初旬を過ぎると、やっとセミの声も聞かなくなった。夏の気配が遠のくこの時期は空気も澄みわたり、山頂から眺める風景もクリアになる。この時こそ、海に浮かぶこの島の姿を空から眺めたい。そんな思いに駆られ、天候のよい日を見計らい、この島のてっぺんを目指した。
島といえどもここは山。特に屋久島の地形は特殊なだけに、雲ひとつなく晴れていたかと思うと、あっという間に島は雲に覆われてしまう。山頂から下界が望めるのは、まさにタイミングの問題。奇跡に近いといっても過言ではない。麓では晴れていても、山の天気までは保証されない。果たしてこの島の神様は、僕に味方をしてくれるだろうか…。
早朝、登山口に到着すると、温度計は0度をわずかに上回る辺りを示している。南の島とは思えない寒さだ。そこからしばらくは、木々に囲まれた鬱蒼としたトレイルを歩く。そこが島であるという気配など、微塵もない。しばらく歩くと、森にも陽が射し込んでくる。木々の葉は風にそよぎ、その度に木もれびが森の中をユラユラと彷徨う。時折聞こえる小鳥の甲高いさえずりが、巨木の鎮座する森に響き渡る。景観は違えども、本州の山登りと何ら変わらない。もっとも、日本列島そのものが島ではあるが…。
標高を上げるにつれて植生も変わり、視界も少しずつ開けてくる。稜線に出ると幾重にも連なる峰々が一望できるようになり、その緑の谷間の向こうには、わずかに碧い海が見え隠れする。この稜線を辿れば山頂だ。
途中、ルートの横にある、この島の中で最も美味いのではないかと思われる湧き水でのどを潤し、水筒にもたっぷりと補給をしたら、最後のキツイ登りへと挑む。
息を切らしながら登り切ると、決して広くはない山頂が小ぢんまりと、しかしそこからの展望は360度見下ろせる、雄大な風景が広がっていた。どうやらこの島の神様は、最後まで僕に味方をしてくれたようだ。

少し遅めの昼食をとるのも忘れ、僕はこの島のてっぺんにただ一人、しばらく立ち尽くした。眼下には、緑の森を雲海が覆い、その遥か下には紺碧の海が、真っ青な空と同化するように広がっていた。
「まさに洋上のアルプス…。やっぱりここは島なんだ…」
そう、ここは確かに、碧い海に浮かぶ緑の島だった。





