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縄文杉を継ぐ、小さないのち

2005年11月14日

屋久島に移り住んでから、足しげく訪れている場所がある。そこは時に、幻想的な森の風景を見せてくれる。水底の石ころひとつひとつがはっきりと確認できるほどに、清らかな水がゆるやかに流れる沢。木もれびが光の筋となって、その静かな水面にサーッと射しこむ。その瞬間、森の精霊たちが一斉に目を覚ましたかのような、幻想的な風景が広がる。僕のお気に入りの森だ。

ひときわ美しい自然の風景を見るには、屋久島でもそれなりに時間をかけて足を運ばなければならない。クルマで山道を走ること約1時間。そこからうっそうとした登山道を40分程歩くと、その森にたどり着く。東京にいた頃の感覚なら、クルマで1時間の距離など、どうということはない。しかし、田舎に住みはじめると、時間の感覚というのはその土地になじんでくるものだ。特に行動範囲が狭くなりがちな島では、たった1時間の距離がずいぶん遠く感じるようになるから不思議だ。

ある朝、僕は長い道のりを経て、お気に入りの森にいた。いつもの場所で、その瞬間が訪れるのを待ち続けていた。にもかかわらず、光の筋はとうとう現れず、この日はダメかと諦めかけた次の瞬間、ふと足元に目をやると、小さないのちを見つけた。沢沿いの苔むした岩の上に、それはけなげに芽生えていた。杉の幼樹だ。辺りを見回すと、同じようなシーンがあちらこちらで繰り広げられている。光の風景ばかりに気を取られていた僕は、もうひとつの森のドラマに、今まで気付かなかった…。

沈みかけていた気分は一転、ワクワクしながらマクロレンズに付け替える。そして「小さな森」の世界をそっとのぞき込む。肉眼では気付かなかった、さらに小さな苔たちも、か弱くも元気に空へ向かって伸びていた。杉の子と競い合っているようにも、一緒になって応援しているようにも見える。小さな森でも、小ぢんまりとした、しかし強い生命力に満ち溢れたドラマが演じられていた。

果たしてこの杉の子たちは、これからどれほどの年月を生き続け、どれほどの大木に育つのだろうか。この島の森で見るたくさんの屋久杉たちは、今では威風堂々たる姿で根を下ろしている。そんな彼らもはるか数千年前は、この子たちと同じように芽生え、同じように懸命に空を目指していたのだろう。この島の主、あの縄文杉だって例外ではない。これほどに小さかった芽が、あれほどの巨木に育つのだ。にわかには信じられないが、この子たちにも、これから数千年という計り知れない、いのちのドラマが待っている。

そのいのちの刻みを、僕たちはほんのわずかしか見届けることができない。でも、僕たちを継ぐ後世の子供たちに、いつまでも見てもらうことはできるはずだ。その子供たちのために、そしてこの島の森のために、僕たちがやらなければならないことは、たくさんある。この島は、世界の宝なんだ。

菊池 淑廣(きくち・よしひろ)

1969年、東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までマルチにこなす。

2005年4月、家族共々屋久島へ移住。それと同時に広告事務所「屋久島メッセンジャー」を設立し、雑誌やウェブサイトなどを通じて屋久島の情報を発信しながら、広告プランニング、撮影、コピーライト、ロケ・コーディネートなど、幅広く活動している。著書に「屋久島で暮らす あるサラリーマンの移住奮闘記」(山と溪谷社)。

ブログ「フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記」も公開中。

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