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縄文杉に、会う

2005年11月7日

縄文杉。言わずと知れた屋久島の象徴であり、この島の主だ。樹齢7200年とも言われるボコボコとしたその風姿は、まさに島の主と呼ぶにふさわしい。確かに、この島で幹の太さにおいて、彼を上回るものは存在しない。

しかし、樹高で彼をしのぐものは何本もあり、樹齢についても、最近の調査によると実は2000年台という話もある。それが本当ならば、屋久島には樹齢3000〜4000年と言われる杉もあるから、いわば縄文杉は、島の長老の中でも中堅といったところだ。それなのに何故、縄文杉はこれほどまでに圧倒的な存在感を放っているのだろうか。

僕が初めて縄文杉を訪ねたのは、ちょうど2年前の秋。まだ移住してくる以前に屋久島を訪れた時だ。その時は一般的な「日帰り縄文杉ルート」ではなく、縦走するルートの途中に縄文杉があったという格好だ。それまで何度か屋久島には来ていたが、縄文杉を訪れたのはこの時が初めて。

だからいつも周りからは、「せっかく屋久島に行ったのに、縄文杉を見なかったの?」、「屋久島に行ったら、縄文杉を見ないと意味ないじゃん!」などとよく言われていた。しかし僕の中では、縄文杉は屋久島の壮大な自然のほんの一部であり、縄文杉を「見る」ことを主とした登山には違和感があった。

山小屋に泊まった翌朝、僕はまだ誰もいない彼の元を訪ねた。凛とした空気の中、彼は静かに佇んでいた。僕は、彼のそばを流れる清れつな沢で水を汲み、湯を沸かすとコーヒーを淹れ、じっくりと彼と対峙した。お互いに何も語ることはない。それでも時間が経つのも忘れ、僕は彼の放つ強烈なオーラに包まれた。

決してきれいとは言えないそのいびつな表情は、途方もない久遠の時を、この森のこの場所から一歩も動くことなく、厳しい風雪に耐え、生き抜いてきた証。彼のその壮絶な生き様が、僕の胸にひしひしと伝わってくる。彼の放つ圧倒的な存在感は、まさにそこにあった。気がつくと、あっという間に2時間が過ぎていた…。これが僕と彼との初めての出会いだ。

その後、この島へ移住して来てから、僕は撮影等の仕事で何度か彼の元を訪れている。いずれも多くの登山客に混じっての、一般的な日帰りルート。展望デッキでは、多くの人々が次から次へと、彼を見ては山を下りていく。動物園で話題の人気物を見るような、そんな光景にも見える。その時の彼は、僕が初めて対峙した時の彼とは全く様子が違う。オーラを感じることもなく、ただそこにあるといった、ひとつの風景にしか見えない。確かに、その風景そのものにもインパクトはあるのだが、やっぱり違う。

あの時以来、僕はまだ彼には会っていない。見に行ってはいるものの、会ってはいない。「見る」のと「会う」のとでは、やはり大きく違う。自然の音しか存在しない無垢な空間の中で、静かに向き合って初めて、本当の彼に会えるのだと、僕は思う。

菊池 淑廣(きくち・よしひろ)

1969年、東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までマルチにこなす。

2005年4月、家族共々屋久島へ移住。それと同時に広告事務所「屋久島メッセンジャー」を設立し、雑誌やウェブサイトなどを通じて屋久島の情報を発信しながら、広告プランニング、撮影、コピーライト、ロケ・コーディネートなど、幅広く活動している。著書に「屋久島で暮らす あるサラリーマンの移住奮闘記」(山と溪谷社)。

ブログ「フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記」も公開中。

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