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不思議な草原

2005年10月24日

来るか来ないか、はっきりしなかった台風20号も無事にそれ、先週は久しぶりに秋晴れの日が続いた。太陽の気分次第では、夏の名残を感じさせる日もたまにあるが、水分を多く含んだ屋久島らしい空気はだいぶ軽やかになり、ようやく南の島にも秋が訪れつつある。

屋久島では珍しく、雲ひとつない青空が広がったある日、あまりの天気の良さに、誘われるようにぶらりと家を出た。とある場所でクルマを止め、カメラを片手にブラブラ歩いていると、不思議な風景に出くわした。

どことなく懐かしさを感じる、爽やかな風がそよぐ草原の風景…。そこには小さな池が点在し、まるで湿原のような景観を呈している。一歩一歩、草を踏みしめる度に、身をひそめていたバッタたちはあわてて飛び立つ。池の周りには、トンボたちが飛び交っては、水面にちょんちょんと卵を産みつけている。にっぽんの代表的とも言えるような山村風景が、そこにひっそりと広がっていた。

と、ここまでの情景描写においては、何ひとつ不思議な点はないはず。強いて言うならば、一般的な屋久島に対するイメージにはないような、のどかな風景であるということくらいか…。

では、一体どこが不思議なのか。それはなんと、この草原に点在する池には、熱帯魚が泳いでいるのだ。池の水に足を浸してみると、きっと陽射しに暖められたのだろう、水温は少々高めで、ぬるい。水に手を浸けて舐めてみると、塩辛い。海水だ。そう、実はここ、海岸なのだ。

つまりこの池は真水のそれではなく、潮溜まりなのだ。この日、ここを訪れたのはちょうど干潮の時間帯。おそらく満潮時には、この辺りまで海水が押し寄せてくるはずだ。後ろを振り返ると、打って変わって豪快な磯の風景が広がっている。背後に波の音を聞きながら、草原の風景をフレームに収めるというのは、何だか妙な感覚だった。

ここはある意味、屋久島らしい場所とも言える。海岸から直線距離にして15kmほどの位置にそびえるこの島のてっぺんは、標高2000m近い。つまり屋久島は、海岸部から一気にかけ上げっている険しい地形をなしている。ここはまさに、海と山が密接につながっている場所なのだ。それもそのはず、この海岸では、なんと山菜が採れると聞いた。

さらにこの辺一帯は、地元では「磯もん」と呼ばれる貝類などもよく獲れるスポット。まさに一石二鳥、海の幸と山の幸が同時に収穫できてしまうのだ。海と山、両方の風景が楽しめるとくれば、弁当持参でちょっとしたハイキングも楽しいかもしれない…。などと安易に考えてしまうのだが、ともすると、中途半端になりそうでもある。

海辺に広がる、のどかな山村の風景。ここはトンボも勘違いするほどの、不思議な場所だった。果たして、海水に産み落とされた卵からは、ヤゴはかえるのだろうか? いや、もしかしたら生物は、海と山がつながるこうした場所から、進化を遂げてきたのかもしれない。ここはそんなことも思わせる、実に不思議な空間だった。

菊池 淑廣(きくち・よしひろ)

1969年、東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までマルチにこなす。

2005年4月、家族共々屋久島へ移住。それと同時に広告事務所「屋久島メッセンジャー」を設立し、雑誌やウェブサイトなどを通じて屋久島の情報を発信しながら、広告プランニング、撮影、コピーライト、ロケ・コーディネートなど、幅広く活動している。著書に「屋久島で暮らす あるサラリーマンの移住奮闘記」(山と溪谷社)。

ブログ「フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記」も公開中。

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