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暗いほど明るい、モノクロームの夜

2005年10月17日

この島には、暗ければ暗いほど、明るい夜がある。そう、満月の夜だ。月がこれほどまでに夜を明るく照らすとは、東京にいた頃は意識するはずもなかった。海や山など、人工の光がない場所ほど、周囲の景色は煌々と輝き、昼間に見るそれとは全く違った表情を見せる。

これほどに明るいのなら、月の光で写真を撮ってみようと思い立ち、よく晴れた満月の夜、漆黒の森に囲まれた「大川の滝」へと向かった。月が夜空に高々と昇りかけた午後11時過ぎ、こんな時間に滝へ行くのは、あまりいい気はしないものだが、たった一人クルマを走らせた。

日付が変わって間もない頃、誰もいない駐車場へと到着。クルマのヘッドライトを消し、エンジンを切ると、そこはいつもとは雰囲気を異にした、ゾクゾクするような闇に包まれた森の中だった。「ゴォ〜」と低く鳴り響く滝の音だけが聞こえてくる。ここから滝までは数百メートル。クルマを降り、月あかりに照らされた遊歩道を危なげなく進む。木々の隙間の向こうには、滝の姿がぼうっと浮かび上がっているのも見えていた。

昼間は観光客で賑わう場所も、さすがに誰一人いない。滝を眺める開けたスペースまで来ると、そこにはモノクロームの森の世界が広がっていた。月はほぼ真上からスポットライトのごとく、漆黒の森を浮かび上がらせ、全貌を露にした滝が目の前に屹立している。闇から落ちてくる水の筋は白く輝き、濡れた岩肌は黒々とした鈍い光を発している。月の光を浴びた滝の姿は、美しさとともに、不気味さも漂わせていた。

月あかりを頼りに、戸惑うことなくカメラをセットし、いよいよ撮影を始める。露光時間は2〜3分。シャッターを切るまでは、撮影そのものに集中しているのだが、露光している2〜3分の間は集中力も途絶え、何をするわけでもなく滝を眺める。それは、ふと我に返る時でもあった。

余計なところまでキョロキョロと見回しては、闇に対する恐怖心が彷彿としてくる。それはきっと、人間の遺伝子に組み込まれている、本能的な部分に違いない。本能を刺激された僕のカラダは反応し、鳥肌がサーッと立つ。寒さからくるそれとは明らかに違っていた。都会で暮らしていては、別の意味での恐怖感はあるものの、ほとんど目覚めることのない感覚だ。それは久しぶりに味わうものだった。

ふと時計を見ると、すでに2時になろうとしていた。いわゆる、草木も眠る丑三つ時…。森の草木は、眠るというよりは、ざわついているようだった。心臓の鼓動がカラダを揺するのを感じながら辺りを見回すと、月の光が届かない森の奥が何となく気になって仕方がない。黒一色のその空間に、一瞬何かがスッと光った。鼓動が一段と強く胸を叩くとともに、勝手に想像力がフル稼働する。

「動物の目? だとしたら、シカかサルか…? いや、きっと木々の隙間から差し込んだ月の光が、照葉樹のテカテカした葉に反射したのだ。それとも…?」

そんな事を思い巡らしているうちに、3分が過ぎていたりするのだった。

闇に向き合うという、人間の本能が刺激される体験は、ある意味新鮮だった。それは、人間が本来持っているはずの、防衛本能が養われるひとつの体験なのかもしれない。人間に限らず動物は、恐怖を感じて初めて、自らの身を護ろうとするものだ。この島に来てから、森の中で怖れを感じたり、闇に対して怖れたりするなど、今まで眠っていた動物的感覚が目覚め、少しずつ研ぎ澄まされていくように感じる。

菊池 淑廣(きくち・よしひろ)

1969年、東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までマルチにこなす。

2005年4月、家族共々屋久島へ移住。それと同時に広告事務所「屋久島メッセンジャー」を設立し、雑誌やウェブサイトなどを通じて屋久島の情報を発信しながら、広告プランニング、撮影、コピーライト、ロケ・コーディネートなど、幅広く活動している。著書に「屋久島で暮らす あるサラリーマンの移住奮闘記」(山と溪谷社)。

ブログ「フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記」も公開中。

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