屋久島の低地には、ガジュマルやアコウなど、亜熱帯性の樹木が見られる森が広がる。屋久杉の深い森とはガラリと雰囲気の違う、南国らしい照葉樹の森だ。
中でも僕の好きな森は、島の南側に位置する「蛇ノ口滝(じゃのくちたき)」へと続く森。ここを歩くのに断然いいのが、暑さも和いで涼しくなる秋だ。この辺りは島の中でも特に、年間を通して温暖な地域。さらに、屋久杉が林立する山の上にある森と違って標高が低い。つまり、夏場は何しろムシムシと暑い上、蚊の群れに襲われることになる。滝壺で涼を得るまでは、到底さわやかで気持ちのいい森歩きは望めないのだ。

登山口は里の中、以前に紹介した「尾之間温泉」の駐車場の隅っこにある。クルマが停まっていたり、湯上り客で賑わっていたりすると、そこに登山口があることなど気付きそうもない場所だ。最近は立派な看板が出来たからまだ分かりやすいものの、登りはじめが隣の民家へのアプローチかと思うほどの小道なだけに、以前はうっかりすると見落としてしまいそうな佇まいだった。
細い小道を森の中へと進むと、しばらくは、かつて果樹園や畑として利用されていた名残を感じる空間を歩く。閉ざされた里山といった風情で、人と森との関わりの歴史を彷彿とさせる場所だ。その先には、亜熱帯らしいジャングルのような鬱蒼とした森が広がる。シダやヘゴなどが生い茂り、小さな恐竜がひょっこりと現れそうな気配すら漂う、探検気分たっぷりのトレッキングだ。
沢沿いに少しずつ標高を上げていくと、突如としてアコウの大木が姿を現す。蛇の目のような、その太い幹の表情が、亜熱帯のムードをさらに醸し出す。こうした雰囲気は、決して屋久杉の森では味わえない。上は亜寒帯の森から下は亜熱帯の森まで、バリエーションに富んだ森の雰囲気を楽しめるのが屋久島の面白いところだ。
途中の分岐を左へ進み、しばらく歩く。ゴロゴロした石が現れたかと思うと、明るく開けた空間が視界に入る。「蛇ノ口滝」だ。巨大な花崗岩から成る、全幅50m、全長100mにもおよぶこの滝のスケールは圧巻。見上げても上のほうまでは見ることができず、全貌を見せないところが、見る者の想像力をかきたててくれる。澄んだ滝壺の水は、思わず飛び込んでしまいたくなるほどの美しさ。このときばかりは、夏に来たい場所だと思わせる。
しばし、滝の音しか聞こえない閉ざされた空間に紛れた後は、再び来た道を戻る。同じルートを往復するトレッキングというのは、復路はとかく飽きてしまいがちだ。ところがこのルートはちょっと違う。そう、温泉が待っているのだ。もちろん、ビールというオプションもある。カラダに沁みる熱めの湯、そして湯上りのビールに思いを馳せながら、その明確な目標に向かって歩くことができるのだ。邪道と言われそうだが、僕がこの森を好きな理由は、そこにもある。下山口でそのまま温泉に浸かるという至福。この最高のひとときを味わうために、僕はこの森を歩きに訪れる。






