
屋久島もようやく過ごしやすくなってきた。日中の陽射しはまだまだ夏の様相で、セミもやかましく鳴いてはいるが、朝晩の空気はひんやりと気持ちがいい。南の島の夏はホントに長い…。そんな中、久しぶりに味わう涼しさの感覚だ。山へ行くとさらに涼しく、山歩きにはちょうどいい季節がやってきた。
そんなある日、家族揃って久しぶりに山へトレッキングに出掛けた。我が家から30分程クルマで走ったところに「荒川登山口」がある。縄文杉登山のメインルートとなる登山口だ。もちろん目指すのは縄文杉ではない。大人の足で往復10時間かかる縄文杉までは、子供たちにはまだ無理だ。この日の目的地は「小杉谷」。かつて、屋久杉伐採の前線基地が置かれた集落跡地だ。そこまでは、当時伐採した屋久杉をトロッコで運搬した、今も残る森林軌道を辿る。この「トロッコ道」には、不思議と子供心を刺激する何かがある。
僕も小さい頃、線路の上を歩いた記憶がある。なぜか妙に、気分が高揚したことを覚えている。電車がいつやって来るとも分からない、あのドキドキ感。どこまでも続く線路の上を、どこまでも歩いてみたくなる、あのワクワク感。親のエゴではあるが、我が子らにもそんな経験をさせてやりたいと、以前から頭の片隅でなんとなく考えていた。東京ではいまや、そんなことの出来る場所などあるはずもなく、その思いはいつしか封印されていた。

ところが、屋久島にはそういう場所があったのだ。しかもそこは立派な登山道。堂々と歩ける。初めてそのトロッコ道を歩いた時、遥か昔の記憶はよみがえり、封印は解かれた。そして、我が子らにも歩かせてやろうと目論んだのだった。
登山口からはすぐにトロッコ道が続く。この軌道は、今でも森林管理等のために利用されているため、たまにトロッコが通過する。頻繁に遭遇するわけではないものの、あのドキドキ感は味わえるのだ。子供たちも「線路の上を歩いて行くの!?」と、こちらの思惑通り、興奮気味に聞いてくる。
「そうだよ」
「え〜っ! 大丈夫なのぉ〜?」
驚くのも無理はない。線路の上を歩くなど、考えてもいなかったはずだ。
出発するとすぐに、深い谷にかかる鉄橋を、足下の遥か下に流れる沢を望みながら渡り、ひとつ目のカーブを越えると、シダに覆われた、水の滴る薄暗いトンネルが現れる。いかにも何かが出てきそうだ。そこを抜けると、とうに役目を終え、真っ赤に錆びつき、朽ち果てたトロッコが、あたかも演出であるかのごとく残されている。冒険心を刺激されるシチュエーションが次々と現れ、まるでディズニーランドのアトラクションのようだ。
もちろん何かに乗って巡るわけではないこのアトラクション、目的地まで片道3km弱を歩かなければならない。途中、虫を見つけては捕まえて見せ、苔むした岩があればそっと手を触れさせ、面白い形をした木を探しては何に見えるか訪ねて歩く。単調にならないよう、楽しみながら歩かないと、子供たちがいつ音を上げるか分からない。

途中2、3回の休憩をはさみ、最後に腰が引けるような鉄橋を渡ると、ようやく「小杉谷小中学校跡」に到着した。閉村とともに閉校となり、人が去ってからわずかに三十数年。そこはすでに、遺跡のような佇まいだった。
かつての校庭でお弁当を食べ、ひとしきり巨岩の転がる沢で遊んだら、再び来た道を戻る。帰りは歌を歌いながらのトレッキングだ。だいぶ線路の上も歩き慣れてきたのか、復路はいいペースで登山口まで戻ってきた。
初めて線路の上を歩くという体験をした子供たち。屋久島のトロッコ道の記憶は、彼らの胸に刻み込まれただろうか。彼らがもう少し大きくなったら、次はさらにずっと奥に鎮座する、あの縄文杉を目指してみよう。





