海は、今までにないほどに時化ていた。もの凄いうねりだ。明らかに、屋久島めがけて近づいて来ている。

屋久島に移住してから、まだ一度も台風を経験していなかった。そういえば移住早々、近所の人が「今年はハチの巣が高い位置にあるから、台風は少ないよ」と言っていた。生き物の知られざる能力…。まさにその通りとなっていたのだが、今回ばかりは直撃しそうだ…。
台風上陸の数日前から、夜になると無数の「羽アリ」が我が家に飛来するようになった。網戸の穴より大きいはずの羽アリたちは、どうやってか家の中に入ってくる。朝になって網戸を開けてみると、隙間にびっしりと、身を寄せ合って固まっていた。まるで台風が来ることを察しているかのように。

9月4日の日曜日、島はにわかに慌しさを増していた。窓に板を打ち付ける人、屋根に土嚢を載せる人、店を閉める人…。少々出遅れ気味にスーパーへ行くと、牛乳やパン、カップ麺などの食料品はほとんど品切れ。棚はがらんとし、さながら「閉店売りつくしセール」のようだった。明らかに今までとは島の雰囲気が違っていた。
移住して初めての台風なだけに、いろいろなことを想定しておかなければならなかった。僕らも家に戻ると、まずはベランダに置いてあるものを撤去。停電に備え、充電式の電池とケータイ電話をフル充電し、ランタンと燃料も用意。停電になると冷蔵庫を開けられなくなるので、当面の飲料と食料をクーラーボックスに移しかえる。もちろん、ビールと焼酎用の氷も確保。
そして水だ。もちろん水割りにするためではない。水が出なくなることもあるからだ。キャンプで使っているタンクに水を汲み、風呂にも水を張っておく。要するに家の中でキャンプができるようにしておくわけだ。さらに、雨戸のない我が家では、万一窓ガラスが割れてもできるだけダメージを軽減するため、全てのカーテンを閉める。考えつく準備は全て済ませ、後はじっと待つのみだ。
そして月曜日。朝から強風が吹き荒れ、夜になって暴風域に入ると、一段と風雨が強くなった。依然として台風の目はくっきりしていた。その目は真っ直ぐに屋久島へ向かってくる。この分だと、このまま目の中に入りそうだ。ひょっとして、奇跡的に星が見えるかもしれない…。
雨と風が、より一層強く窓を叩き、ピューピューと甲高い音をたてながら家全体を揺する。テレビのニュースキャスターの声などほとんど聞こえない。家の中の壁も小刻みにガタガタと音をたて、瞬間的にあらゆる振動が集約されると、腹の底までそれが響く。気がつくと、台所の換気扇から雨が吹き込み、水浸しになっていた。急いでバケツや風呂桶、鍋などを「総動員」させ、水があふれそうになっては、何度も捨てた。




