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奇跡の夜

2005年8月1日

7月も終わろうという先週の土曜日、天気は朝から荒れ模様だった。夕方から雨足は一段と強まり、鋭い稲光が黒い空を裂く。屋久島では気流が乱れやすいのか、雷が近づいては遠ざかり、遠ざかったかと思うとまた近づいてくる。鳴り止んだとしても、決して油断はできない。

夜7時頃、ちょうど夕飯を終えようとした時、遠くで轟音が鳴り渡り、その振動が腹の底に低く響いた。

「落ちたのか?」

次の瞬間、パッと電気が消えた。移住して初めての停電だ。中枢となる発電所がダメージを受けたらしく、屋久島全島が闇に包まれてしまったようだ。

何年ぶりだろう、停電を経験するのは。不謹慎にも少しワクワクしていた。屋久島の日暮れは遅い。まだ薄明るい中、ランタンを引っ張り出し、久しぶりに火を点した。アウトドアの道具はひととおり揃っているから、慌てることはない。

ただひとつ後悔したのは、ビールを冷蔵庫から出しておかなかったことだ。ランタンの灯りの下で飲むビールは格別なのに…。この島の停電が、一体どのくらいで復旧するのか分からない状況の中、電源の入っていない冷蔵庫はできれば開けたくない。焼酎でもいいのだが、夏はやっぱりロックで飲みたい。仕方なく我慢することにした。

電気が止まると、エアコンはおろか、扇風機すら使用不能になってしまう。パソコンはバッテリーで動くものの、モデムがダウンしているからインターネットには接続できない。とにかく何もできないのだ。

僕たちはいまや、文明の利器に囲まれた生活をしている。そのことを認識し、暮らしの原点を見直すためにも、たまにはこんな夜もいい。家族揃ってランタンを囲み、トランプに興じてみる。電気がないとどうなるか、電気のなかった昔の暮らしはどうだったか、子供と会話してみる。そんな話をしながら、早めに布団に入って子供を寝かしつけた。いつの間にか、僕と妻もそのまま寝入ってしまったようだった。

午後10時過ぎ、はっと目が覚めた。まだ通電していないようだった。ふと窓の外に目をやると、「奇跡」が起こっていた…。

まるで星屑の宝石箱をひっくり返し、ばら撒いてしまったような満天の星空だ!

南天さそり座付近

思わず外へと飛び出す。あれほど荒れ狂っていた真っ黒い雲はどこへ行ってしまったのか!? むしろ雨と風が、空をサッとクリアにしてくれたようだ。しかも、偶然にも島中の電気は全てダウンしているから、外は漆黒の闇。どこの空を見ても、人工的な光に邪魔されることなく、隙間なく無数の星が散りばめられている。暗くて明るい空…。その星の数に鳥肌が立った…。

さらに、夜の空にははっきりとした模様があることに気づく。天の川だ。普段でも天気がよければ天の川は見える。しかし、この日の見え方はそれまでとは全く違っていた。南天のさそり座付近から天頂の夏の大三角を抜け、北の空へと半円を描くようにくっきりと、そして悠々と流れている。まさに銀の河…。幾つもの流星が、その河を横切っては消えていった。

神様のいたずらとも思える偶然が生み出した天体ショーは、11時過ぎまで続いた。停電は4時間ちょっとで復旧。島ではよくあることかと思いきや、そこまで停電が続くのはかなり稀だそうだ。ある意味、そのおかげで願ってもない幸運に恵まれ、僕は神様に感謝した。

そして余韻を味わいたいがために、ベランダにテーブルとイスを出し、待ちわびたビールと焼酎を飲みながら、それでもきれいに見える星空を、いつまでともなく眺めていた。

天頂夏の大三角付近

菊池 淑廣(きくち・よしひろ)

1969年、東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までマルチにこなす。

2005年4月、家族共々屋久島へ移住。それと同時に広告事務所「屋久島メッセンジャー」を設立し、雑誌やウェブサイトなどを通じて屋久島の情報を発信しながら、広告プランニング、撮影、コピーライト、ロケ・コーディネートなど、幅広く活動している。著書に「屋久島で暮らす あるサラリーマンの移住奮闘記」(山と溪谷社)。

ブログ「フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記」も公開中。

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