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恐怖の森?

2005年7月25日

屋久島の森を歩いていると、青々と繁茂する木々や清涼な沢、威風堂々たる巨木の存在などに心を奪われるのだが、ふっと恐怖感に襲われることがよくある。

島の中でもとりわけ僕が好きな、水と緑の美しい森がある。「白谷雲水峡」という、映画「もののけ姫」の舞台になったといわれる場所で、苔の美しい原生のままの森が鎮座する。その奥深い中へと入り込んでいくと、「癒し」と「怖れ」が交錯する、不思議な感覚に包まれる。

いつも観光客で賑わう白谷雲水峡の入口から歩き始めると、しばらくは清らかな沢に沿って、きれいに整備されたハイキングコースを気持ちよく進む。涼しげな水飛沫をあげる滝や、木漏れ日にキラキラ光る清らかな水に目をやりながら、途中の別れ道を原生林の方へと辿ると、突如として鬱蒼(うっそう)とした森に囲まれる。一切の人工物が視界から消え、それまで周囲にいたはずの人影も目に入らなくなる。

風に揺れる木々のざわめき、沢を流れる水の音、そして時折聞こえるヤクシカの鳴き声…。もはや自然の音しか聞こえない。それからだ。なんとなく「物の気」を感じるようになるのは。まるでこの森の主が、僕たち人間がここに足を踏み入れることを拒むかのような気配を感じるのだ。「それ以上入ってくるな」と言わんばかりに。

その気配は、数千年も生きながらえてきた生命体が放つものなのか、あるいはこの厳しい森で、今なお生存競争を繰り返している生命のパワーによるものなのか、はっきりとは分からない。

森の奥の、とある場所では、艶めかしい木肌をしたヒメシャラの木が倒木に絡みつき、さらに前へと伸びている(写真)。原生の森は、決して整然とはしていない。木は上へ伸びるものだと思っていたが、この森では無秩序に幹や枝を伸ばし、混沌とした風景が続く。植物の世界にも確かに存在する生存競争が、この森の至るところで繰り広げられている。その争いはゆっくりと、静かに、それでいながら本能を剥き出しにして、生々しいまでにお互いの生命を交錯させる。

そんな生命力に満ちた世界に囲まれると、毛先までもがアンテナの役目を果たすかのように、“何か”を察知しようとする。普段の生活では決して働かない感覚が目覚める。人間のDNAに記憶されているはずの、動物的な本能の一部を刺激され、ある種の快感を覚える。

こうした感覚が研ぎ澄まされた時、「怖れ」と「癒し」を察知し、それらが入り混じる。自然の驚異に怖れながらも、それに共鳴し、癒されるのだ。こうした人間の本能的な感覚が甦る場所というのは、日本にはどれだけ残されているのだろうか。

屋久島の森を一度訪れた人たちは、再び訪れることが多い。きっとまた、この島の自然が放つ「物の気」に包まれたくなって、やって来るのだろう。屋久島の原生の森は、人間を魅了する美しさと怖さが存在する、神秘的な場所だ。

菊池 淑廣(きくち・よしひろ)

1969年、東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までマルチにこなす。

2005年4月、家族共々屋久島へ移住。それと同時に広告事務所「屋久島メッセンジャー」を設立し、雑誌やウェブサイトなどを通じて屋久島の情報を発信しながら、広告プランニング、撮影、コピーライト、ロケ・コーディネートなど、幅広く活動している。著書に「屋久島で暮らす あるサラリーマンの移住奮闘記」(山と溪谷社)。

ブログ「フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記」も公開中。

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