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東京の梅雨、屋久島の梅雨…

2005年7月11日

「梅雨」…。この言葉からイメージすることはなんだろう?

以前はそう聞かれると、「鬱陶しい」とか「ジメジメした」とか、あるいは「通勤のツライ季節」などと、マイナスイメージの言葉を連ねた。東京でサラリーマンをしていた頃は、どしゃ降りだろうがムシ暑かろうが、満員電車での通勤を余儀なくされていた。不快指数120%という尋常でない環境下に毎日押し込まれれば、どうしたってマイナスのイメージを抱かないわけがない。

屋久島は日本一雨が多いといわれるだけに、梅雨の季節に降る雨の量はハンパではない。南の島だから当然気温も高くムシ暑い。しかし、屋久島に来てからは、「通勤地獄」から解き放たれたせいか、あるいは東京のような人工的な暑さとは違うからか、不思議なことに、さほど鬱陶しさを感じない。

また、この島を初めて訪れた頃から、梅雨に抱くイメージが変わっていった。それまでのマイナスなイメージではなく、例えば「生命の源」とか「自然の恵み」といった、プラスイメージの言葉が先行する。時には、空間を引き裂くような物凄い音を轟かせる雷や、嵐のような豪雨に、「自然の驚異」といったイメージを抱くこともしばしばあるが…。

東京にいた頃はそんなこと思いもしなかったが、この島では、雨の森歩きは案外気持ちがいいことに気づく。苔や木々たちは青々とした生命力を放ち、いきいきとする。葉を叩く雨音は、まるで木々たちがざわざわと談笑しているようにも聞こえる。普段は眠っている「五感」が、だんだんと研ぎ澄まされていくのが分かる。

そんな屋久島の森は一見豊かに見えるが、実は栄養分に乏しく、動植物にとっては過酷な世界。岩盤から成るこの島は、土壌が薄く貧弱なのだ。だからこの島の森では、水分をたっぷり含んだ苔の上が、芽を出すのに絶好の場所となる。苔が土の役目を果たしているというわけだ。青々とした苔のベッドの上で、新芽がか弱くも、しかし生命力をたっぷりと放ちながら、空へ向って伸びていく。この島のこの季節には、そんなドラマがよく似合う。

「ジメジメした」満員電車の中とは全く違った「瑞々しい」光景が、同じ梅雨のこの時季、屋久島では展開される。僕たち人間の思考は、いかに周囲の環境によって左右されてしまうことか。暮らしている環境によって梅雨のイメージが変わるのは、当然のことかもしれない。いや、むしろ、都会という人工物にあふれた世界では、自然の本質を捉える感覚が麻痺し、紆余曲折を経たイメージが構築されてしまうのかもしれない。

もっと自然に入り込み、自然と触れ合う。それは、都会暮らしで忘れかけていた、人間の本能的な部分を刺激してくれ、失いかけた感覚を呼び覚ましてくれるようだ。この島の自然に暮らしはじめて、そんなことを最近思う。

菊池 淑廣(きくち・よしひろ)

1969年、東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までマルチにこなす。

2005年4月、家族共々屋久島へ移住。それと同時に広告事務所「屋久島メッセンジャー」を設立し、雑誌やウェブサイトなどを通じて屋久島の情報を発信しながら、広告プランニング、撮影、コピーライト、ロケ・コーディネートなど、幅広く活動している。著書に「屋久島で暮らす あるサラリーマンの移住奮闘記」(山と溪谷社)。

ブログ「フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記」も公開中。

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