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僕が屋久島に惚れたわけ

2005年6月13日

何なんだ、この島は…?

初めて屋久島を訪れたとき、南の島らしい光り輝く太陽はそこにはなく、どんよりとした雲が島全体を覆っていた。しかもこの雲、島らしい雲ではない。山でよく見る重厚な雲だ。南国の開放感どころか、圧迫感すらあった。そのときの旅は、ずっとそんな感じだった。思い描いていたイメージとのギャップが大きかったのか、それともこの島の自然が僕を受け入れてくれなかったのか、なんとなく不完全燃焼のまま、屋久島を後にした。

そんな印象をもちながらも、二年後、再び僕は屋久島を訪れた。そのときもまた、どんよりと雨が降っていた。この島はきっと、そういう場所なんだろう。この島のあるがままの自然を受け入れようと、轟音響きわたる「千尋の滝」を眺めていたとき、直観的にこの島の「凄さ」に気づいた。

島に降り注いでいるこの雨は、海抜2000メートル近い山頂から海まで、わずか十数キロしかない急峻な谷を一気に駆け下りてくる。そして膨大な水量となって、滝壺に呑み込まれていく。瞬く間にその下流で水蒸気となり、右岸の巨大な岩を這い上がりながら、そこまで立ち込めた雲へとつながっている。

「水が循環している!」。

屋久島は黒潮に浮かぶ島。海水は暖かく、水蒸気が発生しやすい。その水蒸気は、海に屹立する「2000メートル級の壁」にぶつかり、急激に冷やされて雲になる。飽和すると、大量の雨となって山や森を潤し、里を潤す。そしてまた、海へと帰る。それは、幾度となく繰り返されたであろう壮大な水のドラマ。

小学生の頃、そんな自然現象について、理科の時間に習った記憶がある。机上で学ぶのと、実際に五感で体感するのとでは、これほどまでに違うものなのか。地球上のマクロな範囲で起こっているはずのこうした現象が、この小さな島の範囲で、今、目の前で現実に見えている。僕の気持ちは揺さぶられた。

この雨によって結ばれた、屋久島の山、森、川、海、そして里。そのすべてがひとつも欠けることなく、美しく、力強く、そして愛おしく思えた。僕が屋久島を受け入れたとき、この島の自然もまた、僕を受け入れてくれたように感じた。前回の旅では、島の自然が僕を受け入れなかったのではなく、僕がこの島の自然を受け入れていなかったのだ。島に対して、僕は静かに頭を下げた。

相手を受け入れる。それは、人間社会においても言えることなのではないだろうか。このときから僕は、自然に対しても人に対しても、その姿勢を保とうと考えるようになった。それからこの島は、少しずつ僕に、その素晴しい自然の風景や出来事を見せてくれるようになった。

菊池 淑廣(きくち・よしひろ)

1969年、東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までマルチにこなす。

2005年4月、家族共々屋久島へ移住。それと同時に広告事務所「屋久島メッセンジャー」を設立し、雑誌やウェブサイトなどを通じて屋久島の情報を発信しながら、広告プランニング、撮影、コピーライト、ロケ・コーディネートなど、幅広く活動している。著書に「屋久島で暮らす あるサラリーマンの移住奮闘記」(山と溪谷社)。

ブログ「フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記」も公開中。

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