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東京のサラリーマン、屋久島へ移住

2005年6月8日

いよいよ屋久島へ来てしまった。

2005年4月4日の昼過ぎ、鹿児島港を出発したフェリーが屋久島・宮之浦港に到着。航送車両場の出口が開き、陽光が差し込む。胸が騒ぐ。目の前に停車している鹿児島ナンバーのクルマが動き出すと、僕も鹿児島まで陸路を共にしてきた「足立ナンバー車」のキーをひねる。いよいよ上陸だ。油くさい船体内部から外へ出る。本土より一足も二足も早い初夏の匂いが漂う港に降り立った。

それまで、屋久島には何度足を運んだだろう。幾度となく見た変わらない風景だが、今回の胸騒ぎは今までとはわけが違う。期待と不安、ワクワクとドキドキが入り交じった、何となくすっきりしない気分…。船酔い? いや、この日のフェリーはそれほど揺れなかった。中枢神経が揺さぶられているような、今までに経験したことのない感覚。それもそのはず。遠くの地への引越しは初めての上、小さなふたりの子供と妻を連れ、家族全員の人生を背負って移住してしまったのだから。

東京で生まれ育った僕は、それまで足立区の外にすら出たことがなかった。下町ではあるが、一応、事実の上では都会っ子だ。東京の高校・大学を卒業し、やはり東京の会社に就職した。社会にもまれ、しかし確実に成長していく自分がそこに居た。そこでの経験は間違いなく現在の土台になっているし、それなくして今の自分はありえない。12年間にわたるサラリーマン生活は、僕にとって有意義でやりがいのあるものだった。ただ一方で、東京育ちの反動からか、いつしか自然に囲まれた場所に住みたいと考えるようになっていた。

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