(文=中村 孝則:コラムニスト)
「もし天国で葉巻が吸えないのなら、天国へ行きたくない」
『トム・ソーヤーの冒険』でも知られるアメリカの作家、マーク・トゥエインの言葉である。彼は、熱烈な葉巻愛好家としても知られている。
「葉巻は悲しみを麻痺させ、孤独の時間を100万もの優美なイメージでいっぱいにする」といったのは、フランスの女流作家ジョルジュ・サンドである。
女であれ男であれ、葉巻は紳士淑女たちの優雅な嗜好品として愛されつづけてきた歴史がある。人は昔から、葉巻に精神的な充足や大人としての嗜み、人生の歓びを見いだしたのである。あらかじめ断っておきたいが、ここで取り上げるのは大人のたしなみとしての葉巻、つまりシガーであって、シガレット、いわゆる紙巻きタバコのことではない。葉巻は、極上のワインと同じで“ピュアな農産物”だからである。
葉巻につかうタバコ葉は、添加物などが加えられず、大きな葉をそのまま使ってつくられている。それが人の手によって熟成され丁寧に手巻きをされてつくられるのだ。根本的にシガレットとは違うものなのだ。製品になってからも熟成を続けること、産地や土壌によって味わいが変わることでも、ワインになぞらえることが多い。時に年代ものワインと同じで、古い葉巻は高値で取引されることも少なくないのだ。そんな貴重な葉巻を、アロマとブーケを愉しむためだけに灰にしてしまうのである。数ある嗜好品の中でも、もっとも贅沢なアイテムのひとつが葉巻なのである。




