(文=長坂 道子)
「この町は贅沢に事欠かない。けれどそれは必ずしも大っぴらにされない。スイス、とりわけチューリッヒで富を見せびらかすようなことはあり得ないからだ」──チューリッヒの伝説的な一流ホテル“ドールダー”。リニューアル後のグランドオープンに際し、地元の新聞に掲載された記事はこんな書き出しではじまっていた。
見せびらかさない、究極の贅沢
チューリッヒ湖をのぞむ小高い丘のてっぺんにこのホテルが建設されたのは1899年。トーマス・マンの「魔の山」に出てくるような、富裕層向けの「クアハウス」(つまり、今でいう「スパ」)としてそれはオープンし、以来、アインシュタインからチャーチル、マドンナからローリング・ストーンズまで、このホテルを定宿としたセレブ顧客は枚挙にいとまがない。ピアニストのアーサー・ルビンスタインはスタインウェイのピアノを持ち込んで、晩年、ここで優雅に暮らしていたし、ダボスの世界経済会議に出席するVIPたちも、ここを好んで利用したという。なるほど、ロケーションといい、様式といい、スイスが好む「見せびらかさない、けれど究極の贅沢」をまさに地でいくような伝説的ホテルとして一世紀以上この地に君臨してきた、ちょっと特別な存在なのだ。

1898年、高級クアハウス(療養所)としてオープン




