(文・写真=高玉 あかね、監修=プライヴ編集部)
惜しまれてならないフェレの死

ヴィア・ポンタッチォの本社が完成した02年からはフェレのショーはいつもここで行われる。ジャンフランコ・フェレはジョルジオ・アルマーニ、ジャンニ・ヴェルサーチとともに「ミラノの3G」と親しみを込めて呼ばれていた
イタリア、ミラノ市内にて恒例のミラノ・メンズコレクションがいよいよ始まろうとしていた矢先、「偉大なデザイナー、ジャンフランコ・フェレのあまりにも早い死」という悲しいニュースがミラノに飛び込んできた。フェレはファッションショーの始まる1週間前、新作コレクションの準備で慌しくしていた渦中に脳内出血で倒れ弱冠62歳の若さでこの世を去ったのだ。
北イタリア、ロンバルディア生まれのブルジョア家庭に育ったフェレは、ミラノ工科大学で建築を学んだ後、70年代からアクセサリーのデザインを始め、74年ミラノのレストランで初コレクションを発表、その4年後に自身のブランドでデビューを飾る。80年代にクリツィア、アルマーニ、ヴェルサーチと共にイタリアンスタイルの大ブームを巻き起こし、“ファッション都市=ミラノ”そしてイタリアファッションの世界的な地位向上に大きく貢献した。また89年から約7年間、クリスチャン・ディオールのチーフデザイナーに就任する。ファッション大国フランスの代表的高級ブランド、ディオールのデザインをフランス人以外が担当したのはフェレが初めてであった。




