
白で統一されたインテリアは、ほとんどの部分が本革製で、仕上げも当時の国産車にはない上質なものであった。
このクルマから、スカイラインの歴史が見える
クーペのほかに、ほとんど同じデザインのコンバーチブルもラインアップされた。
こうした豪華なつくりの反動は高価なプライスタグになって反映する。クーペ185.0円、コンバーチブル195.0円という価格は当時の国産上級車、クラウンの倍にもなった。しかし、ものは考えようで、当時の輸入車はさらにこの倍というような価格で、ごくごく限られた人のために輸入されていたという当時の状況からすれば、案外バーゲンだったのかも知れない。クーペ、コンバーチブルあわせて約60台が生産、販売されたといわれる。
このあと、翌年には1.9Lシリーズがグロリアに移行するので、スカイライン・スポーツも本当ならばグロリア・スポーツになるところだったが、スカイラインのままで通した。それよりもモデルチェンジできっちりと1.5L級の小型車、スカイラインを明確化して、グロリアと二本立てにしたのは、懸命な判断というものであったろう。スカイラインの基本を小型車にとどめたことで、その小型ボディに2.0Lエンジンを搭載した人気車、スカイラインGTに結びついたのだから。
そうしたスカイラインの歴史を見るにつけ、過渡期にあったスカイライン・スポーツ。それはデザイン的にも海外からの導入を行なったことを含め、発展途上の国産車の一断面を見る思いがする。
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