
巻き起こるゴア大統領待望論
この映画を通して、もう1つ明かされて行くのがゴア自身の物語。彼が環境問題を強く意識し始めたのは、1960年代後半のこと。70年代後半には、この問題に関する初の議会の聴聞会をまとめる手伝いをし、80年代には各国の首脳と話し合いをはじめ、97年の京都議定書をはじめ、多くの交渉の場へも参加した。
そのゴアが、ここまで環境問題にのめりこんだ理由。それは1989年に、当時6歳だった息子が交通事故に遭い、1カ月間、生死の境をさまよったこと。息子は奇跡的に命を取り留めるが、この事故をきっかけに彼は、子どもたちの未来を真剣に考えるようになったという。
本作が米国で公開されたのが昨年5月。当初は77館という小規模の公開だったにも関わらず、2000〜3000館規模の公開作品がひしめく全米チャートで9位を記録。その後、600館に拡大するまでに至った。そうした中で登場したのが、冒頭にも記した、次期大統領選に向けたゴア待望論だ。
ちなみに米国では、副大統領から大統領に挑んで敗れ、再挑戦して大統領になった例がある。それがリチャード・ニクソンで、1960年にジョン・F・ケネディに敗れた8年後の1968年に共和党候補として出馬。見事、第37第大統領の座をつかみとった。
なお、2008年の大統領選出馬の可能性を聞かれたアル・ゴア(59)は、これを否定している。確かに民主党には、初の女性大統領を狙うヒラリー・クリントン上院議員(59)や、初の黒人大統領を狙うバラク・オバマ上院議員(45)など、多くの有力候補がひしめいている。だが、この映画には、「それでも、ゴアを大統領に」と思わせるだけの魅力がギッシリとつまっている。

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