第二次世界大戦下の硫黄島の戦いを、日米双方の視点で描くことも話題の『硫黄島』2部作。その第1弾として、アメリカの視点で描いた『父親たちの星条旗』が公開中だが、これにつづき、日本の視点で描いた『硫黄島からの手紙』が、まもなく公開となる。『許されざる者』(92年)と『ミリオンダラー・ベイビー』(04年)で2度に渡ってアカデミー監督賞に輝いた名匠クリント・イーストウッドが、どのように日本の視点に立って描いたか? その全貌を一足先にレポートしよう。
舞台となるのは硫黄島。東京都に属するこの小さな島は、東京とサイパンのほぼ真ん中にあることから、日米双方にとって重要な軍事拠点と目されていた。ここが陥落すれば、はじめて日本の領土が奪われるばかりか、アメリカ軍が日本を爆撃する重大な拠点となることがわかっていたからだ。だが、1945年2月19日にアメリカ軍の硫黄島への上陸作戦がはじまったとき、すでに日本には、この島を守りきる力が残されていなかった。
物語は、そんな硫黄島の総指揮官として、主人公の栗林中将が赴任してくるところから幕を開ける。アメリカへの留学経験のある栗林は、それゆえに誰よりもアメリカと戦うことの厳しさを知っていた。その栗林がとった作戦。それは、従来型の上陸時の攻防という戦い方を放棄し、地下要塞をはりめぐらせることだった──。
圧倒的な軍事力の差から、5日で落ちると目されていたこの戦いを、36日にも及ぶ長期戦に変えた軍人。それが栗林中将だ。『父親たちの星条旗』の製作準備をしていたイーストウッドが、この映画を撮り、『硫黄島』2部作とするに至った経緯も、実はこの栗林の戦術に魅せられ、彼がどんな人物だったかに興味を持ったことが理由だという。
と同時にイーストウッドは、アメリカ視点の『父親たちの星条旗』だけを撮るのでは、物語の片面だけしか伝えられないのではないかとも考えた。こうしてスタートした『硫黄島からの手紙』は、決してアメリカに肩入れすることなく、驚くほど平等に描いてみせる。




