もし仮に、数十年後の未来に、どこかの大学の映画史の授業で「北野武監督論」なる講義があったなら、ターニングポイント(分岐点)になる作品として間違いなく取り上げられることになるのが、この映画だ。『HANA-BI』のように言葉少なな中にも、強烈なバイオレンスの香りを漂わす作品でもなければ、『座頭市』のような娯楽時代劇でもない。では、何なのか? その答えを、大学の教壇に立ったつもりで紐解いてみよう。
物語は、2人のたけしを中心に展開する。1人は役者として成功し、多忙を極めるビートたけし。もう1人は、そのたけしと瓜二つの売れない役者・北野武だ。コンビニで働く北野武は、オーディションに落ちまくる毎日を過ごしている。そんなある日、テレビ局で、憧れのビートたけしに出会い、サインをもらう。そして、いつしか北野武は、ビートたけしが演じる映画の世界に迷い込んで行く──。
こう書くと、まるでしっかりとした物語があるかのように聞こえるかも知れない。が、この映画は、現実と空想など、いろいろな次元を行き交い、見る者を不思議な世界に誘う。だから、「今は現実のシーンで、さっきのシーンはたぶん映画の1シーンに迷い込んで……」という風に追いかけるのではなく、その場その場を楽しみながら、全体を体で感じて見ることをオススメする。
映画界には「3行の文章で説明できない作品は当たらない」というジンクスがある。観客に対し「こんな映画です」と簡潔明瞭に説明できなければ、劇場に足を運んでもらえないからだ。この映画は、簡潔には説明できる作品では決してない。それでも見たくなるのは、世界に名を轟かす日本人監督の“北野武”が、何を考え、何にチャレンジしようとしているのかを、1人の映画ファンとして見ておきたいと思わせるからだ。





