“作家 万城目学”の誕生
2年で芽が出なければ会社員に戻ると決め、無職になった。「小説を書いては応募」の繰り返しの日々。当時は彼が書いていたのは、一人称の純文学ばかりだった。理由は、純文学がかっこいいと思っていたから。
「若者の悩みや等身大の姿を描く作品ばかり書いていました。友達が病気になる話とか、ひたすら部屋で悩みぬく話とか…。笑いはゼロ(苦笑)」
応募した作品は一次選考すら引っかからない。あっという間に28歳になり、自ら設定した無職の期限が迫ってきた。貯金も底をつきかけ、万城目はとうとう経理マンとしての社会復帰を決意する。週3度、資格の学校に通い、再就職の準備をし始めた。そんな矢先、最後の最後に一発逆転を狙って応募したのが『鴨川ホルモー』。この作品が見事、ボイルドエッグズ新人賞を受賞。念願の作家デビューを果たすことができた。
「かのイギリスの文豪、サマセット・モームさんは『小説は自分自身を最大限に表現すること』って言ったそうです。だから、僕も自分のことを表現しようとしていたんだけど、書いていて自分自身、ちっともおもしろくなかった。でも自分のことを書かなくても自分自身を表現できることに気づいたんです」
“作家 万城目学”の誕生である。
※ 文中敬称略
(4月21日火曜日公開の後編に続く)





