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20歳の女子大生の養女として日本へ

「イランでは孤児を養子にする例は少なくありませんが、主に年配の夫婦なんですね。子育てを終えたり、なかなか子どもができなかった夫婦が養子をもらう。母のように若くて健康で、なおかつ独身の女性が養子をもらう例はほとんどないでしょうね」

フローラの家庭は裕福であった。それだけに、若い娘が養女をもらい、未婚の母となって暮らしていくことは猛反対にあう。両親は反対しつづけ、経済的な援助も打ち切られた。

当時、フローラにはフィアンセがいて、彼は日本で働いていた。八方塞がりになりフィアンセに相談したところ、それなら2人で日本へ来たら、と言われる。

「子どもを抱えた女性が働くのは、イランでは特に難しいんです。仕事もないし、女性は家に入って主婦になるのが当然と思われていますから」

悩んだ末、フローラはサヘルを連れて日本に向かうことにした。

日本のことなど何も知らない。ただ、東の果てにたどり着けば、何かが変わるという希望を抱いて。

「母は、とにかく私のことだけを考えて行動していました。自分が楽しみたい年齢だったのに。最初に出会ったとき、私が口にした『お母さん』という一言のためだけに……」

1993年8月12日、2人は日本の地を踏んだ。

※ 文中敬称略

(4月7日火曜日公開の後編に続く)

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