(インタビュー・文=小松 宏子 写真=遊佐 辰也、今清水 隆宏<厨房・料理>)
実際、彼女の料理を食してみれば分かるが、やさしい女性的な繊細さと滋味深さを併せ持ち、皿の上の表現は、既存の美意識を覆すアートといって過言ではないほどに個性的で美しい。三ツ星の料理に慣れ親しんでいるセレブらにとっても“Fumikoスタイル”は鮮烈な驚きであったのであろう。
鮮烈にアピールした“Fumikoスタイル”
しかしながら、そうした華やかな成功の裏には、孤独で地味で、過酷な労働の積み重ねがあった。パリ市内であれば、かなり大掛かりなパーティーでも、アシスタントも使わず、自宅のアパルトマンから大荷物をかついで下ろし、タクシーをつかまえて主催者の家に向かわなければならない。
「やっとつかまえて乗り込んだタクシーなのに、(休憩だからと言われ)途中でおろされたこともあります。パリのドライバーは、時間外勤務などという考えがないから。また、砂糖くらいあるだろうと持っていかなかったら、主催者のマダムがダイエット中で、砂糖がまったくなかったことも。急に客の人数が変更になれば、材料の振り分けを考え直さねばならない。ソムリエがその家に代々伝わるお皿を割ってしまったり……。思い出しても心臓が止まりそうなハプニングは、あげればきりがありません」
もちろん大変なのはパーティー当日だけではない。
「料理のリストが決まると、ソムリエの手配から、場合によっては食材に合う食器の手配までもします。そして何日も前からイメージトレーニングをしてパーティーの本番に臨むのです」




