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生徒34人の小学校

2005年7月14日

馬頭町の中心部から少し北へ向かうと、和見という地区がある。町の商店街から車で5分とは離れていないのだが、景色はまるで里山のそれである。周囲を低い山並みが囲み、南北を貫いている幅の狭い県道の左右に、集落や田畑が広がっている。あぜ道や休耕田には、地元の人が丹精したのだろう、季節の花々なども散見される。

見るからに穏やかで、のんびりとした古き良き日本の里山が、そこに残っている。こんな風景の中で暮したら、きっと気持ちも穏やかでのんびりしたものになるのではないか、そう思わせるものがある。

子どもの素直さに驚く

都会から知人がくると、馬頭温泉郷や小砂焼の里、馬頭院や乾徳寺などのお寺、広重美術館、いわむらかずお美術館といった観光名所を案内するのだが、実は一番感激されるのは和見の風景である。何人からも「こんなところに住みたい」「何かいい物件はないのか」と言われた。和見の風景が、農耕民族だった日本人のDNAを刺激しているのに違いない。何かの謳い文句ではないが、「初めてなのに、懐かしい」とは、このことである。

その和見地区にただ1つだけある小学校が、和見小学校である。創立は明治8年。木造平屋建ての校舎は、もちろん何回もの増改築を繰り返しているが、現在使われているところで最も古いのは、大正6年に建築された玄関と職員室である。見たところ、他の教室なども似たり寄ったりで、概ね90年前の面影を残したままである。

1年生の教室。まるで昭和30年代の古き良き日本にタイムスリップしたかのような懐かしい風景だ。

一直線の廊下の片側に、教室や図書室、職員室などが並んでいる。窓は一部がサッシに代えられているが、木枠もずいぶんと残っている。廊下は板張り、もちろん壁も板である。廊下を歩くと、ギシギシと音がしそうだ。でも、コンクリートのように硬くないから、転んでも大きな怪我はしないだろう。

雨が降れば、あちこちで雨漏りが始まる。隙間風も自由自在だ。体育館もプールもない。時々訪れる教育関係者でさえ、「今どき、こんな小学校があったのか」と口を揃えるという。

私も初めて訪れた時、昭和30年代にタイムスリップしたような感覚に襲われた。40年前に私が通っていた小学校と、そっくりなのだ。当時、日本では、こうした小学校が当たり前だった。

生徒の数は、全校合わせて34人。1年生と2年生は、かろうじて単独学級となっているが、3年生と4年生、5年生と6年生は、それぞれ合同の複式学級となっている。複式学級の授業を覗くと、例えば、6年生が正面の黒板に向かって授業を受けている、その横で6年生とは直角になる向きで廊下側の壁に掲げられた黒板に向かって5年生が教科書を開いているという具合だ。先生は1人で、直角な黒板の前を行ったり来たりすることになる。

国語と算数の授業は学年別にやらなくてはならないが、理科や社会は2学年共通の授業にしたりもするそうだ。つまり、5、6年生一緒に5年の理科をやるとか、6年の社会をやるとか、である。

なにせ、1クラス10人程度の生徒であるから、否応なしに家族的にならざるを得ない。しかも、親たちも和見小学校の出身者が多い上に、先生たちも馬頭の人が何人かいる。地域と学校が濃密に関わりあっている。老いも若きも子供も、幼なじみや同級生のオンパレードである。こういうなかで、「イジメたり」「グレたり」するのは、至難の業だろう。

今年赴任してきたという校長先生は、子供の素直さに驚いたという。この校長先生も馬頭の女性なのだが、「朝礼の時に、これからは何々しましょう、とか話すと、即座に『ハイ』という気持ちの良い返事が返ってきて、あまりの素直さにこっちの方がドギマギするくらい」と笑いながら話してくれた。

歩くとギシギシ鳴りそうな長い廊下。

和見小野球チームの初勝利

生徒の数が少ないので、野球チームを作るのも大変だ。高学年になると女の子も男の子と混じって、ようやく一つのチームができる状態である。だから、男の子だけの他の小学校のチームと試合をしても、なかなか勝てない。正直に言えば、「出ると負け」が続いていた。

PTA会長のお子さんも小学校5年生の女の子で、イヤイヤ野球をやっていたそうだ。男の子に混り泥だらけになって練習し、それでも試合ではなかなか勝てないのだから、嫌にもなるだろう。ところが、つい最近の試合で、和見小野球チームは初勝利をあげたのである。競り合った試合で、最後の最後にダブルプレーを完成させて、ついに勝利をもぎとったのである。

「子供たちも喜んだけれど、それよりも親たちの感慨がひとしおだったんだわ。1回は勝たせてやりたかったし。親たちが喜びを爆発させてさ。やっぱり勝つって経験は大切だよね」

そう思い出しながら、PTA会長はまた目頭を熱くしているようだった。別に地区大会に優勝したわけではない、県大会に行くわけでもない。それでも、たった一つの勝利でこれだけ、親と子が喜びを分かちあれるチームは、そう多くはないだろう。

そんな和見小学校にも、合併統合の話が持ち上がっている。町の財政や子供の学習環境を考えると、止むを得ないことも理解できる。しかし、こうした小学校が残っていて欲しいというわがままな思いは消えそうにない。

温かみを感じる木造平屋建ての校舎。合併で消えてしまうのは何か寂しい。

コメント一覧

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時々面白く読ませていただいております。合併でこのように昔の趣を残した和見小学校がなくなってしまうのはなんとも寂しい限りですね。誰 でもこのような校舎を自分の昔習った学校のように感じるのではないでしょうか。このような建物はみんなの文化財と思います。何とか残す方策は無いでしょう か。例えば、一部を農作業(体験)希望者の滞在用の部屋に改造し、インターネット予約で宿泊してもらうとか。その際、近所の農家とのタイアップをどのよう にするかなどを先進各国の例なども参考にして細かく策定し、どちらも満足のゆく契約方法を確立出来ればと思います。これから元気なお年寄りが増えるといわ れています。企画によっては充分やっていけると思いますが・・・。

残して欲しい。残すべきと思う。

樺島 弘文(かばしま・ひろふみ)

1956年、札幌市生まれ。専門紙記者、週刊誌記者を経て、1988年にプレジデント社に入社。ビジネス雑誌「プレジデント」の編集長や出版部長などを務め、2002年3月に退職。退社後すぐ、妻と息子の家族3人で都心から栃木県馬頭町へ移住し、田舎での暮らしをスタートさせた。現在は、家の畑を耕しながら、経営者やビジネスノウハウをテーマに、フリーで雑誌や単行本の執筆、編集の仕事を続けている。著書に「馬頭のカバちゃん」(日経BP社/1575円)、「会社を辞めて田舎へGO!」(飛鳥新社/1575円)。

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