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昨年末、そのご家族の忘年会に呼ばれて、カラオケ大会となった。そこに、ボクちゃんもいたのである。実は、ボクちゃんは80歳を超えている。ボクちゃんなどと呼ぶのは失礼千万なのだが、自分のことを「ボク」と言うので、家内が面白がって「ボクちゃん」と命名してしまったのだ。

いま思い出せば、その時も「練習しなきゃ」と言っていたような気がする。「歌の王様」も予選があって、それを通過しなければテレビには出られない。

応援団も見どころの一つ

ボクちゃんは、忘年会で熱唱していた岡本賢の「旅路」で「歌の王様」に臨んだ。「上野から夜汽車に乗って〜 あてない〜」となかなか上出来の歌声だった。「あてない〜」が「あてなえ〜」となまっていたのが、またいい。ローカルは、こうでなきゃいけない。

応援団も大変である。応援団は、出場者1人に5人までと決められている。この応援団もテレビに映り、出場者から簡単な紹介もある。「親戚のオジさん」「友だち」「うちのお母ちゃん」という具合だ。

当日、スタジオ入りした5人のオジさんオバさん、正確にはジイさんバアさんたちは、みんなよそ行きの服装に身を包み、緊張した面持ちだった。5人で「じいちゃん がんばれ」の横断幕を掲げている。

横断幕を掲げての応援。応援団は5人までと決められている

地元でテレビを見ている人は、5人はもちろんのこと、その場にはいないが横断幕を作った人さえ承知している。そんなことを知ってか知らずか、テレビも丁寧に横断幕を映していく。これで、盛り上がらないはずがないのだ。

矢又地区には、脇郷、本郷のほかに、仲郷、下郷という地域もある。当日は、矢又中がテレビに釘付けだったことだろう。いや、馬頭中かも知れない。

一昨年、隣の家のお嬢さんがやはり「歌の王様」に出るというので、家内が応援団に入った。紹介は「近所のオバさん」である。5人が1人ずつ大きな団扇を持った。団扇には一文字ずつ「ガ」「ン」「バ」「レ」「!」と書いてあった。

それ自体は大した話ではないのだが、後日、家内はいたるところで「歌の王様に出てたねぇ。見たよ」と言われた。「なぜ、こんなに見てるんだろう。恐いわー」というのが、家内の率直な感想である。

ボクちゃんが歌い終わって、審査委員の1人が「左手を指先までピッと伸ばして、ズボンの縫い目に真っ直ぐ沿わせて歌う姿が印象的でした」とコメントしていた。

その生真面目さこそが、ボクちゃんであり、矢又であり、馬頭なのだろう、と思う。

樺島 弘文(かばしま・ひろふみ)

1956年、札幌市生まれ。専門紙記者、週刊誌記者を経て、1988年にプレジデント社に入社。ビジネス雑誌「プレジデント」の編集長や出版部長などを務め、2002年3月に退職。退社後すぐ、妻と息子の家族3人で都心から栃木県馬頭町へ移住し、田舎での暮らしをスタートさせた。現在は、家の畑を耕しながら、経営者やビジネスノウハウをテーマに、フリーで雑誌や単行本の執筆、編集の仕事を続けている。著書に「馬頭のカバちゃん」(日経BP社/1575円)、「会社を辞めて田舎へGO!」(飛鳥新社/1575円)。

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