那珂川はアユの名所である。このたび合併して誕生した町の名前も那珂川町というくらいだから、この清流はわが町のシンボルでもある。町の中心を南北に流れており、川幅は50メートルをゆうに越える。
アユ釣りのお誘い
国安芳雄さんから電話をもらったのは、朝夕がめっきり冷え込むようになった10月下旬のことである。国安さんとは、産廃処分場反対運動で知り合った。
「樺島さん、アユ釣りやらない? 面白いから。やったことないでしょ。いまの時期がいいから」
アユ漁は6月に解禁され、夏場にかけて大勢の釣り人が川に入って竿をたらしているのを見かける。おとりのアユを流して、それについたカギにアユを引っ掛ける「友釣り」は、川に腰近くまで入ってやるので、寒くなると辛い。
国安さんは、「網漁」を行う。傘のように束ねた網の先に鉛の錘が付いていて、調子を取って投げると、直径5メートルくらいに開いて川面に落ちる。その下にいるアユは、まさに一網打尽だ。

小学校4年生のころから網を投げ入れている国安さん
網漁の解禁はやや遅れて、7月10日からである。国安さんは地元の漁業協同組合で年間の鑑札券を9000円で購入し、秋口から毎日のようにアユ漁をしている。
今の時期になると、アユは産卵期に入り、子持ちのアユが取れる。子持ちアユの塩焼きは、絶品である。脂がよく乗って旨みが増している上に、卵のプチプチとした触感がたまらない。4、5匹はすぐ平らげてしまう。
私は釣りというものを、ほとんどしたことがない。興味がなかったわけではないが、さほど積極的になれず、機会のないままきてしまった。しかし、「目指せ!自給生活」から見れば、釣りは貴重なタンパク源確保の手段である。釣りをして、あと鶏でも飼えば、タンパク質は十分だろう、などと採らぬ狸の皮算用をしていた。
いいチャンスだとばかりに、国安さんに「行きます、行きます。アユ釣りを教えてください」と頼み込んだ。
ただ、集合は那珂川の河原に午前5時だった。まだ真っ暗で、川風をもろに浴びて寒い。そのなか、国安さんは漁の用意を始めた。網を揃え、腰まであるゴムウレタンの長グツをはく。ジャンパーの上に、なぜか色あせた半纏をまとった。




