確か昨年、「DER SPIEGEL(シュピーゲル)」のインタビューを受けた。「DER SPIEGEL」というのは、ドイツの週刊誌で、日本でいうところの「週刊文春」(文藝春秋)とか、「週刊朝日」(朝日新聞出版)みたいなものだ。
印象的だったのは「日本人だからセイコーを買うでしょう?」とたずねられたことである。「あなた方ならともかく、日本人に国産品を買おうという発想はないだろう」。そう答えた記憶がある。僕自身は日本の時計ジャーナリストだし、その出自には大変な誇りを持ってはいるが、日本製品をことさらに持ち上げる趣味はない。
良ければ褒めるし、そうでなければときには手厳しく書く。それだけだ。
(文=広田雅将 監修=プライヴ編集部)
使い込むうちにじわじわと良さが分かるセイコーの最上級品
なんだか熱く語ってしまったが、良ければ褒めるという前提に立つと、セイコーほど不当に扱われているメーカーもないだろう。何しろ物はイイのである。狂わないことはもちろん、外装の作りも実に丁寧だ。海外のメーカーはコストのかけ方が上手くて、手を抜くところは抜き、かけるところはかける。一方、セイコーは総花的にコストをかけているから、一見良さが分かりにくい。しかし使い込むうちにじわじわと分かってくる。
そんなセイコーの最上級品にあたるのが、グランドセイコー(以下GS)である。
「グランド」と命名するぐらいだから、作り込みは相当イイ。某高級メーカーの連中が「うちの時計は、グランドセイコーに及ばない」と嘆息したほどだから、よっぽど良いと見るべきだろう。
事実、外装だけでいうと、スイス製の超高級品に比肩する。「一見良さは分かりにくいが、使い込むうちにじわじわと良さが分かってくる」点で、いかにもセイコーらしい時計といえるだろう。






