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第53回 変わるビッグ3 再生を後押しするオバマの政策と米国人の愛国心

2009年2月19日

モータージャーナリスト=清水 和夫 氏

もはやビッグ3とは呼ばない!?

デトロイトショーの直後、アメリカの首都ワシントンで第44代オバマ大統領が誕生した。まさに歴史の皮肉と言うべきか、アメリカ初の黒人大統領は厳しい経済状況からの船出となった。オバマ大統領の就任式典では「グリーン・ニューディール政策で経済を立ち直らせる」と世界に向けて力強く語っていたことが印象的だった。

この政策を後ろ盾にアメリカの自動車産業がどのように復活を成し遂げるのか。実はそこが、今回のデトロイトショーで最も気になるところであった。

知り合いのアメリカ人自動車ジャーナリストから聞いた話では、彼らはまず「ビッグ3」という呼び名はもはや使っていないという。ゼネラル・モーターズ(GM)とフォードとクライスラーは、完全に独自のスタイルを持っているため、「ビッグ3」という表記は現実を正しく表していないからだそうだ。

例えば、クライスラーは1997年にダイムラー社と合併し、その10年後に別離。最近のニュースではイタリアのフィアット社の傘下に入ることが決まった。このように転々と親会社を変えてきたクライスラーは、もはやアメリカを代表する自動車メーカーでないことは明らか。そしてクライスラーは既に単独ではサバイバルできない。

フォードはどうだろうか。年末の資金繰りでは余裕があることを示し、デトロイトショーでは電気自動車(EV)に力を入れると表明した。しかし、500馬力のスポーツカー「マスタングGT500」を発表するなど、従来通りのアメリカの自動車の魅力も誇示していた。現在は創業家から選出されたフォード4世CEOが率いるが、既にジャガーやアストンマーチンを手放し、フォードグループの中核であるボルボやマツダの株式も一部売却することになってしまった。その前途は決して安泰ではないのだ。

フォードは、自動車の発展において、極めて重要な役割を演じているメーカーだ。ゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツがガソリン自動車の生みの親なら、その自動車を普及させたのはヘンリー・フォードである。デトロイト郊外のデアボーンを本拠地とし、1908年にT型フォードを開発。これを機に自動車の大量生産が始まった。

市販された当時のT型は800ドルの値を付けていたが、5年後の1913年には量産効果によって、350ドルまで価格を下げることに成功。こうしてアメリカでは馬車から自動車への転換が進み、全米にフリーウェイとガソリンスタンド(GS)が一気に整備されたのである。

そんな100年前のことを、現在のフォードにも思い出してほしい。この歴史を、これからのアメリカに当てはめるならば、オバマ大統領のグリーン・ニューディール政策のもと、全米にITS(高度道路交通システム)のネットワークが構築され、EVと水素燃料電池車用の電気&水素スタンドが整備されることも夢ではない。フォードにはその力が備わっていると思うのだが……。

デトロイトショーで発表された「シボレーボルト」

デトロイトショーで発表された「シボレーボルト」
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