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第31回 [韓国編]村の農業を変えた一人の青年の情熱

2008年11月4日

ノンフィクション作家=島村 菜津氏


村に合鴨農法を広めたキーパーソン

文堂里(ムンダンニ)の村が、こぞって合鴨農法に目覚めたのは1994年のことだという。きっかけは、その2年前、古野さんたちが韓国へやってきたことだった。

最初、古野さんの合鴨水稲同時作に興味を抱き、これを韓国に紹介したのは、日本の農村を熱心に歩き回った韓国の日刊紙『釜山日報』の記者だそうだ。その人の義兄にあたる農家が、さっそく試してみたところ、その年の台風で多くの農家に被害が出るなか、この家の稲だけ倒れなかったのだという。そこで秋になって、お礼にと、古野さんが韓国へ招かれた。

それにしても、日本では、村を挙げて合鴨農法に取り組むなんてことは、耳にしたことがない。合鴨農法に限らず、日本では、無農薬に取り組む多くの農家が、孤独な戦いを余儀なくされてきた。けれども、地域の環境まで変えようというのなら、集団で取り組んでこそ意味がある。なぜ、韓国では実現できたのだろう。

話を聞いていくうちに、この村にあるプルム農業高校の校長、洪淳明(ホン スンミョング)さんと、若い農家の朱亭魯(ジュ ヒョングノ)さんが熱心に動いたということがわかってきた。

毎年のように生徒たちを引率し、日本の農村の視察に訪れている洪さんは、いち早く、古野さんの農法を知った一人だ。

全寮制のプルム農業高校は、1957年、ある牧師によって創立された。校庭には大きなソーラーシステムがあり、裏手には温室や露地で無農薬野菜を育てていた。すぐ隣には、『正農会』といって韓国ではかなり古い有機運動の本部もあった。

懐かしいような講堂で話をしてくれた洪先生

懐かしいような講堂で話をしてくれた洪先生
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