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西部劇を思い起こさせる高台の独房

そうこうするうちに、祭りは絶好調に達し、小さな村には人が溢れ始めた。すると何やら、高台の方で人だかりがしているので、近づいてみると、小さな独房があって、檻の中で悪態をついている中年男を、子供たちがからかっている。

「そうそう、ここには、村の刑務所があるんだよ」とマンリッケがまた笑う。

どうやら酒を飲み過ぎて正体をなくした男を、酔いが覚めるまで、そこに入れておこうということらしい。「写真なんか撮ったら、可哀想」とミーシャがやけに同情的なのは、自分も時々、そうして酔っぱらって恥を晒(さら)すことがあるからである。

トドス・サントス村の監獄。普段の日も入れられる人はいるのだろうか

トドス・サントス村の監獄。普段の日も入れられる人はいるのだろうか

村に檻があるなんで、まるで西部劇か、中世の村だが、ひょっとすると、あの事件以来、村人は用心しているのかもしれない。それに祭りの礼服を、心が落ち着く寒色系で統一しているのも、興奮しやすい若者が祭りで暴走しないための策かもしれない……とついつい深読みしてしまう。

「悪い人たちじゃないんだよね。日本の昔の村なんかも、こんな風だったんじゃない。何て言うか、きっと心が柔らかなんだよ」とわけのわからないことを呟(つぶや)いて、心を落ち着かせようとしていたのに、マンリッケが、また怖いことを言い出す。

「でもさ、結局、犯人は特定できなかったんだよね」

「えっ、人が殺されたのに、誰も捕まってないの?」

「うん、誰も」

と、いうことは、この目前の酔っぱらいの中に、集団狂気に陥りやすい、その時の男たちが含まれていないと誰に言い切れるだろう。たった人口2000人の村である。

「そろそろ、この辺で……」と言いかけた時、横からミーシャが早口で捲(まく)し立てた。

「そろそろ、帰った方がいいんじゃないか。こういう村に、しかも祭りの日にさ、暗くなるまで居ない方がいいよ。酔っぱらいが多いしさ」

と、すっかり逃げ腰である。だが、反論する理由は何も見つからなかった。祭りと集団狂気ほど愛称のいいものはない。

我々は、すっかり観光気分で散歩していた運転手を見つけ出すと、とっとと村を後にした。道端に、貸切バスで来たアメリカ人学生の1人が、酔いつぶれて腹を出して寝ていた。一緒に来なくて本当によかった。

いつしか雨が止み、雲間から太陽が覗き始めた。村の入り口では、相変わらず酔っぱらいが2人、転びながら、千鳥足で躍り続けている。これを取り囲んで眺めていた地元のおやじさんが、私と目が合うなり、肩をすぼめていった。

「クレージー(あほやね)」

そう、忘れないでいよう。村人の大半は、こういう冷静でまともな人なのだ。

自宅の庭から競馬を見ていいと、場所を貸してくれたトドス・サントスの優しい一家

自宅の庭から競馬を見ていいと、場所を貸してくれたトドス・サントスの優しい一家


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島村 菜津(しまむら・なつ)

ノンフィクション作家。

1963年福岡生まれ。東京芸術大学美術学部卒業。著作に『フィレンツェ連続殺人』(新潮社)、『エクソシストと対話』(小学館・21世紀小学館ノンフィクション大賞優秀賞)。『イタリアの魔力』(角川書店)、『スローフードな人生』(新潮社)、『スローフードな日本』(新潮社)などがある。最新刊『バール、コーヒー、イタリア人~グローバル化もなんのその~』(光文社)が好評。

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