爆発的に増加する人口と、失われゆく森
「1万haもですよ、1万。チンパンジーの貴重な棲家だったニャラマンの美しい森が、4日間も燃え続けたんです。原因は、森のそばで焼畑をしていた火が燃え移ったんです」
地元のラジオ局で働いているママドゥ・B・ディアッロは、この山火事騒動にがっくりと肩を落としていた。欧米のNGOも50年前から支援し、ギニア政府も罰則を設けて森を守っているが、無断で伐採する人は後を絶たず、焼畑で木々はどんどん失われていくのだという。
そう言われてから周囲を散歩してみると、確かに、今しがた焼かれたばかりの黒々とした畑が、あちこちに点在しており、高台に上がると、方々から煙が上がっていた。
2006年のFAO(国連食糧農業機関)の統計によれば、世界の森は2002年から2005年までに731万7000ha消えたとある。これは毎年約146万3400ha、毎分約2.78haという数字になる。熱帯雨林ではもっと加速しているという。
壮絶な数字だが、ここへ来てみると、だんだんと実感が湧いてきた。これは遠い国の出来事のようだが、そうではない。木材の8割以上を海外の森に依存している日本人は、これを大いに促進している。住宅や家具の木材に、アジアやシベリアの木を安いという理由で消費している。その一方で、手の入らなくなった日本の山は荒れる一方――。
ママドゥは、ラジオ局で働くうちに、愛する森があまりの速さで失われていくことに脅威を覚えた。そして、カメラを手に森に入っては、どうして木を切るのかと訊ねたり、森に暮らす人たちには、専門家を連れ立ち、森の大切さを説いてまわった。時には、幾度となく注意しても伐採を続ける人を裁判所まで連行することもあるという。
「私が子供の頃、この辺りは、みんな森でしたよ。ところが、リベリア、コート・ジボアール、シエラレオネ、アンゴラ、近隣の内戦国からの移民や、国内の人口爆発と、それに伴う都市化で、伐採に加速がかかったんです。ほんの10年ほど前まで、ラベは人口1万人ほどの村でしたが、今では、おそらく50万人は下らないでしょう」

人口爆発に合わせて加速する焼畑農業で、西サハラの砂漠化は深刻化している。
誤解のないように書いておくが、焼畑農業そのものが悪いのではない。日本にも、東北や九州に、その伝統は残っている。本来、伝統的な焼畑は、50年から70年かけて、売れる太さになるまで杉などを育て、森の地力が回復するのを待ってから焼く。長いスパンで森を育てながら、続けていく農業だった。
ところが、アフリカでは、人口の急増で、この焼畑にも、燃料としての木の伐採にもアクセルがかかった。そんなに産まなきゃいいのにと遠目には思うが、貧しければ、子供の死亡率も高く、どうしても子沢山になる。
問題は、それ以上に近隣国の内戦だった。まず、そうした国々の多くが大きな債務を抱えていて、しかも、列強にとって魅力的な石油、ダイヤモンド、ボーキサイト、鉄鉱石、カカオ、コーヒーといった資源や農産物がある。政治家の腐敗もあるだろう。話は、それほど単純ではなかった。

ギニア放送のラベ支局前に立つママドゥ・ディアッロ。森を守っていたママドゥに何があったのか、9月末に悲報が届いた。52歳の若さだった。




