コカ・コーラが象徴する現代文化を
つぶしてリサイクルした時計が語るもの
こうしてみると、ほかの缶が、「たぶん」とか、「おそらく」なのに比べて、コカ・コーラはどんなにつぶして文字や模様が分からなくなっても、コカ・コーラ以外の何者でもない。恐るべきブランド力だと感心するのである。
この「ReWATCH」という時計の価値は、世界中に知れわたったコカ・コーラのグラフィックイメージの上に乗っている。腕にはめている本人だけでなく、周りでそれを目にするすべての人が、説明なしにそれと気付く。だから面白いのであるし、その同時代性が共感にもつながる。
社会的な記憶の蓄積を「文化」というそうだが、コカ・コーラはまさに今の世の中を席巻している米国文化の象徴なのであって、それをスイス製の時計の顔に当たる部分にくしゃくしゃにつぶして使うあたりが、何とも洒落ているではないか。
実はこの例のように、世の中によく知られた商標とか、それに付随するグラフィックエレメントなどを別の製品に勝手に使うことは難しい。露店で売っている細工物ならいざ知らず、相応の値段で世界を相手に売られる商品になると権利関係やブランドイメージの問題が出てくる。
この時計も一時、生産中止のうわさもあったのだが、最近になって復活したようだ。コカ・コーラもリサイクルとは縁の切れない商品だから、この時計によって得るものもあるだろう。

直観的にコカ・コーラのイメージを抱いてもチープに見えないのは、やはりスイス製のブランド力だろうか
どんな「空き缶の投げ捨てはやめましょう」「リサイクルしましょう」というキャンペーンより、50セントのコカ・コーラの空き缶から生まれた100ドルの腕時計のほうが、多くを語りかけてくるようである。





