家自体が作品と化していた
ホルヘ・パルドのサマーハウス
マンハッタンから車で2時間半、ロングアイランドは、たくさんの小説家たちが夏の間に創作活動をするエリアとして有名な別荘地である。その一角に、ホルヘ・パルドのサマーハウスがあった。彼は3年前に建物を敷地ごと買い取り、それを序々に改装しながら住んでいる。1階が工房で、メインフロアの2階に広いダイニングキッチンとホルヘ一家の部屋があり、生まれたばかりの赤ちゃんと奥さんが住んでいた。3階が、彼のスタッフたちの部屋とアトリエになっている。窓からは緑、庭にはプール、少し歩けばビーチ……ため息が出る。しかし、最も驚いたのがバスルーム。そこは鮮やかなタイルに彩られたシュールな空間だった。

バスルーム。ディア・アートセンターの作品がそのまま日常生活の空間に入り込んだようだった。鮮やかな色彩のタイルで埋め尽くされたシュールな世界。
果たしてこれは物件の一部? アートの一部?
それは受け手側に投げかけられた問題でもある。

キッチンも遊び心いっぱい。

家具やオブジェも自ら制作。部屋の中にゴロゴロと置かれている。

リビングはギャラリーのようでもあった。
このサマーハウスについてホルヘに尋ねると、こういう返事が返ってきた。
「ロングアイランドのサマーハウスには、夏の4カ月間住んでいる。作品をつくりながらこの家もつくっている。アーティストは普通、美術館に作品を展示するのが最終的な目的だと思われがち。僕の友達も、“今度どこそこの美術館に展示する”とか言って喜んでいるけど、僕の発想は違う。美術館はゴールじゃなくスタートだ。例えばディア・アートセンターにスポンサーをしてもらいながら、パブリックスペースをつくるっていう行為のほうが、ずっと面白かった。作品と美術館という世界で終わるのではなく、作品を起点にして世界にコンタクトしていきたいっていつも思っている。作品が人々の足を止まらせて、“これはなんだ?”と思わせることがまずはスタート。このスタジオに関しても毎年、色々なアプローチをしていきたいと思う。この家自体が作品になりうるか、という問題提起をしたみたいと思っている。例えば、この家が完成したら、サザビーズのようなアート・オークションに掛けてみようと思っているんだ。その時、アーティストのつくった家は不動産ではなくアートとして扱われることになるわけだよね。そういうことのほうが、ただ展示することより、ずっと大きな意味を持っていると思うんだ。」
全く同じ住宅でも、それが不動産市場で流通するか、アート市場で流通するかでまったく異なる文脈と価値を帯びる。それはダイレクトに価格にまで影響する。社会主義国のキューバからやってきたアーティストが、資本主義社会ならではのシステム自体を、まるでゲームをするかのように楽しみながら作品化している手法にとても共感したのを覚えている。彼にとってこの行為は、単に家をつくるということではなく、アートという手法を用いた、我々を取り巻く社会環境に対する問題提起である。





