街全体の活性化に貢献した
ドラッグストアを改装したレストラン
かつてその角地にあったのは、地域の人々がちょっと立ち寄るようなドラッグストアで、そこは街のコミュニティポイントのような役割を果たしていた。ある日、そのドラッグストアを営む老夫婦が店を閉めてしまわなければならなくなり、その時初めて、住民たちは街の大切な場所を失うことに気付くことになった。
その時、近所の人々から押されて、この場所を引き継ぐことになったのが、近くに住んでいたフランソワーズとキャサリン夫妻である。彼らは中華街付近でイタリア料理店を営んでいたのだが、思い切って、その店をドラッグストアに移すことにした。
オープン後、そのライトなイタリア料理はたちまち話題になり、今ではすっかり人気の店として定着している。人気の理由は、味ばかりではなくインテリアにもある。ドラッグストア時代の内装が、かなりの部分そのままで残されているからだ。商品が並んでいた陳列棚やガラスケースには、今では乾燥パスタや食材などが置いてある。“DRUG STORE(ドラッグストア)”と書かれた看板もそのまま。そして通りがかりの住民が、オープンエアのテーブルに陣取っている馴染み客や店員に「よおっ」という感じで声を掛けていく姿も、昔と変わっていない。この場所が地域のコミュニケーションポイントであったということも、ちゃんと引き継がれているようだった。
このレストランの成功で、ここにNYの様々な場所から人がやって来るようになった。ちょっと危なげに思われていた一帯ではあったが、そこに人が環流することによって、地域の雰囲気が次第に変わり始めたらしい。「たくさんの人が外からやって来ることで、住んでいる人々も、なんとなく元気になったようだ」というのが、レストランオーナーの話。活性化することで、そこに元々住んでいる住民たちの雰囲気まで変化しているというのが興味深い。それは小さな場所の小さな変化が、街にもたらしたものだ。

©Daichi Ano

NYブロンクスの街角の「ドラッグストア」という名のイタリア料理店。街の文脈と記憶を継承しながら、ここは新しいコミュニケーションの拠点になっている。この店ができることで、周辺の環境もずいぶん明るくなった。このような場所は、エリア全体を活性化するきっかけになっている。なんとも暖かな雰囲気がいい。
©Daichi Ano
「bigote」のあった場所はかつて「西村吉右衛門商会」という運送会社。屋号からして、江戸時代くらいから続いていたのではないだろうか。いかにも日本橋の裏路地らしい風情だ。
時は流れ、そこが今では人々の交流拠点になり、この街のゆるやかな変化の象徴になっている。場所は文脈を持ち、人々はそこに新しい自分たちなりの物語を上塗りしていく。そして蓄積されるのが都市の文化だ。そう考えると、このバーで過ごす一瞬一瞬が愛おしく思えてくる。





