スカスカになってしまった街へ
スカスカになってしまった街。その状況に対して、具体的に手を施す方法論はあるのか。僕には、それがいつしか心のしこりのように残っていた。
これらの街は滅びてしまった遺跡のように、二度と復活することはないのかもしれない。残念ながら、それは認めざるをえない。そして、このような現象は日本中で起きていることもわかっている。人口10万人弱から25万人クラスの都市で、この現象は顕著だ。山間や海岸などの特徴のある小さな街ならば、まだ生きる道はあるかもしれないし、そもそも巨大なショッピングセンターが進出してくることもないので、その変化は穏やかだ。しかしある程度の規模の都市に、このモンスターボックスが出現すると、その猛威は瞬く間に既存の商店街の風景を奪っていく。結果的に完全に消滅してしまった商店街が、日本中に放置されることになった。すべての商業は郊外のショッピングセンターというハコの中に凝縮され、その一点のみが密となり他の場所はスカスカ。骨粗しょう症にかかったように虫食い状に空洞化してゆく。そして日本の場合、その進行のスピードが極めて速いのが特徴だ。
ただし、僕はこの現象を否定するものではない。それは資本主義という社会システムを選択している以上、仕方のないことだし受け入れるべきことだということはわかっている。実際、僕は巨大なショッピングセンターを徘徊する行為は大好きだ。密実に積み上げられた商品群の中に身を置くことに奇妙な安堵感を覚える。好むと好まざると、僕らの世代の感性はそういうふうに育ってしまっているのだ。幼少からテレビによって繰り返し刷り込まれてしまった嗜好、いや中毒から脱することはすでに難しい。ただ同時に、ひたすら均質化へ向かうベクトルに対して抵抗感も持っている。僕らの世代の感性は、その間を行き来している。

街の外れにひときわ輝いている一帯がある。そこにはジャスコがある。なんとも象徴的な風景だ。
僕はこの数年、「東京R不動産」やいくつかのリノベーションの仕事を通して、都心居住や都市活性化について取り組んで来た。それは空洞化する都心の使い方の具体的な解決策の一部を示したような気がする。最近思うのは、地方都市のこの風景についてだ。対処療法ではどうすることもできないのかもしれない。しかし、人口も減り高齢化が進む日本にとって、それは無視して通れない。帰省するたびにそれが頭をかすめる。





