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井尻五丁目の純米吟醸「能古見」

2009年2月24日

庶民の活気にあふれた西鉄沿線の街

西鉄「福岡(天神)」駅から南へ伸びる天神大牟田線と、JR「博多」駅から南へ向かう鹿児島本線は、しばらくは平行して走り、福岡市の南端あたりで交差する。このクロスポイントの手前にある西鉄の駅が「井尻」駅である。

「井尻」という地名は全国あちこちに分布しているが、水路の端や水源地の周辺などの地域で見られることが多いようである。ところが福岡の井尻には異なる由来が伝えられている。約1300年もの昔、福岡の南に連なる脊振(せぶり)山の寺に、唐の渡来僧・湛誉(たんよ)上人がいたという。この高僧を都に召し出すため、天皇の使いである院使が派遣された。このとき院使が滞在した寺は、後に院使寺(いんしじ)と呼ばれるようになり、これが変化して「いじり」という地名になったとされる。また一説には万葉集に記された「伊知郷」の地名が「伊知里」と変化して「いじり」になったともいわれる。この井尻駅の近くには湛誉上人が開いたとされる古刹(こさつ)・本行院があることから、いずれにしろ上人とこの地は何らかの縁で結ばれているといえそうである。ちなみに本行院は通りに面して優美な木造二層の楼門を構えているが、その楼門の上層に設けられた鐘楼では毎年の暮れ、界隈の住人が集まって列をつくり、順に除夜の鐘を打つのが恒例となっている。

このあたりの西鉄線路の両側には戦前まで田畑が続き、のどかな田園風景が広がっていたという。昭和20年代から、天神にも博多駅にも近い地の利が注目され、井尻駅の周辺には数多くの住宅が建ちはじめてにぎわいを増し、現在では商店と民家が混在する街並みとなっている。もともと乗降客の多い駅だったそうだが、周辺に3校の女子大や女子短大があるため、朝夕には都心へ通勤する人々と通学の女学生が集中し、大変な混雑と活気に包まれる。

改札を出ると、線路をはさんで左右にさまざまな商店が軒を並べている。ここから左手に進んだ住宅街の中に、知る人ぞ知る「しいのみ学園」がある。昭和29年に創設された知的障害児のための私設の通園施設であり、その開園にいたる物語が翌年に映画化されて全国で上映された。「ぼくらはしいのみ まあるいしいのみ…」という主題歌は大流行し、障害児教育への理解を深めるために大きな役割を果たしたのである。

改札から右手に折れて進むと、2つ目の十字路の先、左側に斜めに入る通りがある。入口のアーチに掲げられているのは「井尻商店街」の文字。通りに並ぶのはカメラ店、靴屋、寝具店、漢方薬局、米穀店、楽器屋、花屋、百円ショップ、美容室、洋品店、パン屋、化粧品店、喫茶店…。まさに多彩な店鋪がぎっしりと連なり、店頭には色鮮やかなのぼりが揺れている。スピーカーから街内に流されるのは、のどかなアナウンスと軽快なBGM。いかにも昭和を感じさせるような、懐かしいたたずまいにあふれた庶民的な商店街であり、ぶらりと歩くだけで温かな気分に包まれる。

どっしりとしたカウンターに席を占めれば、美味との出会いを楽しむ至福のとき

商店街の入口と道をはさんだ反対側の角、靴とバッグのクリーニング店から住宅街に入る細い路地がある。パチンコ店の前を過ぎて十字路を越えると、左手に白地の電照看板に「美賀久(みかく)」の文字が浮ぶ。その下には「安心価格でゆっくりお寛ぎください」のうれしいメッセージ。入口前の看板には「晩酌セット(夜八時迄) 生ビール一杯 小鉢 刺身 焼き物 揚げ物 2000円」とある。どうやら気軽な店らしいと当たりをつけ、格子の引き戸を開けてみた。

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