まさに企業存続をかけ、今、多くの日本企業がイノベーションという経営命題に直面している。もはや現状の延長線上に“未来”を描けない時代にあって、いかにドラスティックな事業革新を実現していくか。企業・自治体などのイノベーションを支援する、博報堂のブランド・イノベーションデザイン局長・宮澤正憲氏に話を聞いた。

未来永劫、安泰といえる産業は存在し得ない時代が到来

 先が読めない未来に向け、革新的な事業創造をいかに実現していくか──イノベーション創出は、今や特定の産業や企業の課題ではなく、社会的イシュー(問題)と化している。

 なぜ、現状の延長線上に“未来”を描けなくなってしまったのか。博報堂で、企業のイノベーションを支援するブランド・イノベーションデザイン局を率いる宮澤正憲氏は、大きく2つの要因を挙げる。

 1つ目は、購買に対する意識が大きく変化していること。市場全体のパイが縮小しているのに加え、若者を中心とする“モノからコトへ”の購買行動の変化を受け、「日本の多くのメーカーは、サービス業へのシフトを余儀なくされている状況です」と宮澤氏は指摘する。

 2つ目にはテクノロジーの進化が挙げられる。ウェブサイト、SNSなどの普及は、従来の情報の「送り手(企業)」「受け手(消費者)」という関係性をあいまいにし、コミュニケーションモデルを大きく変容させた。

 また、AI(人工知能)、ロボット、ビッグデータといった新たな技術の登場は、単純労働業務はもちろんのこと、専門性の高いプロフェッショナル業務の自動化までも推進。最先端を走るデジタル産業のビジネスモデルさえも、技術動向次第ではすぐに“破壊”されかねない。

 加えて、地球環境問題や地政学的リスクなど、不確定要素を挙げればきりがない。もはや「未来永劫、安泰といえる産業は存在しないのです」と宮澤氏は厳しい時代の到来を指摘した。

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 宮澤氏は、“広告”のイメージが強い同社において、15年ほど前にブランドデザインという専門部署を立ち上げ、長く広告外の商品や店舗開発など、実体あるサービスで企業のブランディングに携わってきた。その経験・知見の蓄積を経て、来るべき“非連続な未来”に向け、企業のブランド、イノベーションを統合的にサポートする専門チーム「ブランド・イノベーションデザイン局」を創設。「未来洞察」「エスノグラフィ(行動観察)」「ブランディング」「ユーザーエクスペリエンス(UX)」といったメソッドを独自に組み合わせるアプローチで、企業や自治体の多様なニーズに合わせたイノベーションを支援している。

“未来”にアクセスできる「問い(クエスチョン)」の力

 では、実際に企業がイノベーションを進めるためには何から手を付けるべきか。宮澤氏は、大前提となる3つの視点を挙げる。

 1つ目が、生の人間を丸ごと観察し、価値観や欲求の変化を読み解く「生活者発想」を身に付けること。従来の企業は、経済・購買行動の枠組みの概念で“消費者”、あるいは既存の“顧客”のニーズを捉え、新たなサービス・製品を創出してきた。しかし、博報堂の企業フィロソフィーである「生活者発想」にこそ、そのヒントはあり、「まだ見ぬ未来のニーズを掘り起こすには、広い概念で“生活者”の発想を基点に考えることがポイントなのです」と宮澤氏は言う。

 1つ目に関連し、2つ目の視点が、いち早く「未来観」をつかむこと。つまり、現在の自社のケイパビリティに縛られずに、自身が未来の生活者の1人になったつもりで、未来のあるべき状態を思い描く。これこそが、同社が目指している「未来生活者発想によるイノベーション創出」だ。

 未来を描くには忘れてはいけない大事な視点がある。それが3つ目に挙げられる、企業としての「オリジナリティ」だ。「事業が模倣されないためにも、自社ならではの独自性や固有の視点が重要です」と宮澤氏。

 これら3つの視点のどれも欠かせず、バランスを取ることが肝要だという。では、特にハードルが高いと思われる2つ目の視点、「未来観」のつかみ方について具体的なヒントを教えてもらおう。最初の糸口として、宮澤氏が挙げるのが「問い(クエスチョン)」だ。

従来の送り手(企業)側、既存の顧客側に立った発想では、画期的な事業革新は望めない。未来視座で、広く“生活者発想”の基点から物事を捉え、市場を創造していくことが肝要だ
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 ここで1つ例を挙げよう。チームに分かれ、ある鉄道会社の新しいサービスを考えるという課題を与えられたとする。通常なら「電車に乗る」「駅の中を見回る」などの調査を経て、課題を探すのが一般的だろう。しかし、新しい鉄道のサービスを考えるというのに、果たして従来の鉄道の周辺情報を集めるのが正解なのだろうか。

 これは宮澤氏が教壇に立つ東京大学教養学部での発想法の授業で取り上げたテーマだ。実際、ある学生チームは上記の問いから斬新な企画を立案した。学生チームには、上記の問いに加えて「鉄道以外で何か似ているものはないか」という問いが与えられた。そこで相互乗り入れのない2つの駅を結ぶ鉄道路線図を見ているうちに「表玄関と裏玄関のあるショッピングモール」に似ているのではないかという発想が生まれた。

 同様に、自動車メーカーの新しいサービスを考える際にも、既存の産業構造や自動車ユーザーのリサーチから入るだけではなく、「自動車は何に似ているか」と問えば「小さな家」、あるいは電気自動車なら「動くコンセント」と捉えることができる。「未来に向けたそもそもの視点がつかめれば、リサーチするべき対象や行動も大きく変わってきます」と宮澤氏は言う。

 また、“未来に向けて全く新しいアイデアを生み出そう”とするとハードルは格段に上がるものだが、まずは“問い(クエスチョン)”から考えると思えば比較的容易にできるはずだと言う。「グループで実践すれば、最初は答えの分からない問いであっても、次の問いを呼び、それによって新しい思考が動き出します。そして、魅力的なアイデアにつながっていく効果が期待できます」(宮澤氏)。