前代未聞のヒットを記録している独立系アニメ『この世界の片隅に』がブレークした理由を探る連載の後編(前編はこちら)。クラウドファンディングで多大な支援者の存在が明らかになり、映画業界の空気は一変した。その後、2015年7月にパイロットフィルムが完成し、試写会を開催。出資する企業が続々と名乗りを上げ、映画化の流れが一気に加速していった。

映画館からの上演依頼が続々

―― クラウドファンディングで資金が集まり、応援団もできた。その他の効果は?

真木: クラウドファンディングでの盛り上がりに真っ先に反応して、問い合わせてきたのが全国各地の映画館でした。東京では渋谷と新宿、地方では広島や大分の映画館。僕は「やった」と思ったね。つまり、映画館というのは、映画を見に来る人に対して商売している流通の最後の人たちじゃない。映画が終わった後にロビーで観客が「面白かったね」と話している様子とか、パンフレットがどれくらい売れたとか、日々映画を見る人と直接対峙している。その映画館をやっている人たちが、「この映画は当たるぞ」「この映画をかけたい」と思ったということは“ビンゴ”なんですよ。「でき上がったらぜひうちでかけたい」と言われたときは、すごくうれしかったし、自信になったし、分かりやすく言えば、マーケティングとして「イケてる」ということじゃないですか。

―― パイロットフィルムは支援者のほか、出資を依頼した企業にも見せたそうですね。

真木: このパイロットフィルムの出来がとても良かった。映画の内容を凝縮したわずか5分の映像でしたが、見た人の多くが泣いたんですよね。映像を見ると、戦時中の広島の呉に住む主人公のすずさんも、現代人と同じように日常を送っていることを実感するわけですよ。言ってみれば、わずか70年前に同じ地球、同じ日本に住んでいた女性が、現代と同じように日常を過ごしている。それに対して今の人がものすごく共感し、どこか胸を打つ部分があった。パイロットフィルムは出資を依頼する際の絶大な営業ツールになり、それを見て大手新聞社やラジオ局などからの出資が徐々に決まっていきました。

『この世界の片隅に』の一場面。終戦間際の日常を描く
『この世界の片隅に』の一場面。終戦間際の日常を描く

真木: 映画を見た人によって、泣くシーンがそれぞれで違うんですよ。それは、それぞれの人が自分の体験と照らし合わせて見ているからなんでしょうね。自分の体験はリアルですし、片渕監督が当時の様子を徹底的に調べ上げて再現するリアリズムはとてつもなくすごいですから、あたかもすずさんが現実にいる、いてもおかしくないと感じる。だから、それぞれが自分の体験とシンクロするシーンで共感し、胸を打たれ、涙を流す。自分と照らし合わせることができるということは、身近な映画なんですよね。ですから、その点でも市民映画だと言えるわけです。

 ただし、戦時中の主婦の日常がどれだけ共感を集めるかは、事前には未知数で、良い内容だけど、それをアニメでやって果たしてビジネスになるかどうか、というのが最初の入口でした。しかし、それを「なる」と証明したのがクラウドファンディング。この手法を思い付かなければ、今のようなムーブメントを起こすことはできなかったと思います。クラウドファンディングは、池に石を投げて波紋ができるように、応援団による支援のうねりを作る最初のきっかけになっている。これは間違いないです。

ヒットにつながった支援者との“共犯”関係

 昨年11月に映画が公開された後は、ミニシアターを中心に63館と、大手の作品に比べて少ない上映館数で始まったにもかかわらず、公開1週目の観客動員数ランキングが10位と健闘。2週目も10位、3週目は6位、4週目は4位とみるみる順位を上げ、興収も前週比でアップするなど、まさに快挙と呼べる滑り出しを見せた。

プロデューサーの真木太郎氏
プロデューサーの真木太郎氏

―― スタートダッシュに成功し、独立系映画では異例のヒットを記録していますね。

真木: 映画は公開して最初の週の興収と順位が一番良くて、そこから徐々に下がっていくのが一般的な傾向ですが、この映画は逆にどんどん上がっていきました。手前味噌ですが、大健闘です。目標の興収をよく聞かれて、僕は公開当初に自分のフェイスブックで「目指せ、奇跡の10億!」と書きましたが、それが奇跡ではなく、今や確実に起こる現実に変わっています(編集部注:1月4日に10億円突破)。独立系映画でテレビのスポットCMもなしで、もし20億円の大台に乗ったら、超画期的でしょうね。

 昨年はアニメ映画『君の名は。』が大ヒットして、興収が200億円を超えました。監督の新海誠さんの前作『言の葉の庭』の興収は1.5億円ですが、そこから200億円ですからね。『この世界の片隅に』の片渕監督も前作の5000万円弱から一気に10億円の大台に乗るのが確実だから、ケタが違うものの、現象としては似ているかもしれません。新海監督もファンとのコミュニケーションをとても大切にされるタイプで、その点も片渕監督と似通っています。こうして何作品も作って地道に頑張ってきた監督が快挙を成し遂げられたというのは、本当に良い話だと思います。

―― その快挙といえるヒットを記録した要因をどう考えますか?

真木: クラウドファンディングで集まった応援団のクチコミに加えて、評判を聞いて鑑賞したその他の方々が、同じように共感し、一緒になってクチコミをしてくれたおかげではないでしょうか。映画への共感にとどまらず、人に伝えたくなる、もっと言えば、伝えなければならない義務感にかられる。いわば共感から「感動の共有」に発展したことが大きな要因だと考えています。さらに、その先で何が起こったかというと、「共犯」ですよ。つまり、友人や知人に「あなたも見なさいよ」「一緒に行きましょうよ」と、おせっかいな大阪のおばちゃんじゃないけど、少し強引に薦めたり、誘ったりするなど「共犯」ともいえる強力な支援の現象が広がったのだと思います。まさに、これも市民運動、市民映画といえる所以です。

 そうやって共犯の関係にある人も含めて、映画をリピートする人が多いことも、この映画の特徴でしょう。片渕監督がリアリズムを追求して微細に絵を作っていますから、見逃してしまっていた点をリピートのたびに発見することができ、何度見ても感動できます。主人公のすずさんに共感できる部分が見るたびに違ったりして、あれ、前回はここで泣いたけど、今回は別のこの場面で泣いたというのは、エンターテインメントとして面白いでしょう。

―― 主人公すずの声をのん(能年玲奈)さんが担当したことも大きな話題になりました。

真木: キャスティングを実施するときに、のんさんが候補に挙がって、実際にオーディションをしてみたら、バッチリでした。いや、バッチリを通り越して、あり得ないくらい役にピタリとはまった。のんさんは天才的な感覚というか、役どころをつかむ女優としての技に長けていて、感覚的にすずさんの声はこうあるべきというものを、頭のどこからか持ってきた。それはもうビックリですよ。アニメは絵だけではどうにもならないので、音や声は映画の出来を左右する非常に大きな部分。のんさんの声はまさに「画竜点睛」でしたね。

第2弾のクラウドファンディングも成功

 昨年11月の上映開始を機に、クラウドファンディングの第2弾もスタートさせた。『この世界の片隅に』は海外配給が英国、フランス、米国など、世界15カ国で決まっているが、公開時に各国へ片渕監督を送り出し、上映館で現地の観客と直接語り合う場を作るための渡航費の捻出が目的だ。第2弾も大盛況で、わずか11時間で目標額の1080万円を超えた。

Makuakeで募集している第2弾プロジェクト。締め切りまであと僅か
Makuakeで募集している第2弾プロジェクト。締め切りまであと僅か

―― 第2弾のクラウドファンディングをなぜやろうと?

真木: 公開前は、宣伝費が少なく、テレビのスポットCMもほとんど打たないなか、注目されるかどうか、ずっと不安でしたからね。ですから、この映画を広く認知してもらうために、再度クラウドファンディングで宣伝効果を狙おうと思ったわけです。問題は、プロジェクトの中身をどうするかということ。最初のクラウドファンディングの支援者を裏切るような内容ではいけないですし。

 そこで、この映画の海外進出の手伝いをしていただけないかということをテーマにしました。日本の良質なアニメ作品を海外の方にもっと見ていただきたいし、この作品は日本の文化と言ったら大げさですが、作り手としても自信を持って送り出せるものですので、その海外で映画を売っていくための応援団になってくれないかと。ありがたいことに瞬時に目標額に達してしまったので、急きょ片渕監督の意向で上限を約3000万円に設定しました。製作費や宣伝費はいくら集まっても良いですが、海外への渡航費はお金が余ったら使い道がなくなり、困りますから(笑)。

―― 今回のクラウドファンディングの成功を見て、今後、他の映画でも活用する動きが活発になりそうですね。

真木: どうでしょうかね。僕たちが最初のクラウドファンディングを行って1年半以上経ちましたけど、未だに後に続く成功事例が出ていません。『この世界の片隅に』でそんなに資金を集められたなら自分たちもやってみようという人が出てきてもおかしくないのですが。個人的には、マーケティング的な視点で見ると、実は映画はクラウドファンディングに不向きではないかと思っています。向いているのは、やはりプロダクト系ですよ。何か新しいガジェットを開発する場合、もし支援金がたくさん集まってプロジェクトが成功すれば、これは売れると考えて大量生産して市場に出すという循環が可能になる。しかし、コンテンツ系だと、そういった分かりやすい循環はないですから。

 この先、あるいはクラウドファンディングの認知が進み、映画の製作費を全額調達することができる作品も出てくるかもしれません。しかし、その映画がヒットするかどうかはまた別の話。作るだけで仕事は終わりではなく、ヒットしないと意味がありません。

 さらに、すべてのクリエイターがクラウドファンディングを使ってプロジェクトを成功できるかと言えば、そうではない。クリエイターの資質が左右すると思います。片渕監督だから今回はうまくいった。元々ファンとの交流を大切にするタイプだからこそ、多くの応援団が集まり、メルマガによるコミュニケーションを継続的に図ることができ、ヒットにつながる下地を作ることができたわけです。片渕監督や新海監督のように、ファンや観客とコミュニケーションを図ることを大切にしていて、それが映画作りの重要な要素と認識しているクリエイターであれば、クラウドファンディングをうまく使いこなせるのではないでしょうか。

(文/高橋 学、写真/古立康三)

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