犬用のごはんを家庭で手作りする動きがブームの気配だ。2015年秋に開催された愛犬のための料理教室には多くの飼い主たちが集まり、盛り上がりをみせた。ペットにも健康志向の流れが押し寄せていることが背景にある。

 一般社団法人ペットフード協会の調べによると、現在の犬の平均年齢は14.17歳。83年の独自調査では7.5歳だったというから、ここ30年で倍近くも伸びたことになる。現在、飼い犬の年齢は7歳以上の割合が53.4%を占めており、そのうち10歳以上の高齢犬も実に19.7%にのぼる。日本の犬社会も、人間同様に高齢化社会なのだ。

 その要因の一つは、ドッグフードやおやつの定着による栄養バランスの取れた食事、ペット保険の充実によって診療機会が増えたこと。さらに、犬用のジムやプールといった運動施設なども増加している。同協会によると、高級ドッグフード市場は431億円、その他、健康志向を反映した消費の伸びが目立っているという。

 「愛犬のためのワンコイン料理教室」は、ペットの総合情報サイト「ペット生活」やペットの動画・画像配信サイト「PetFilm」などを運営するヴェイプスが開催した。この日のメニューは「アイス風わんごはん」。焼いたさつまいもをつぶしてシュガーコーンの上にのせ、アイス風に仕立てたものだ。「普段から愛犬のごはんは手作りしているのですが、こんなに可愛らしい食事ができたらうれしい。休日など時間に余裕がある時に作ってあげたいですね」などの声が聞かれ、評判も上々だった。

スマホカメラで熱心に撮影する料理教室の参加者たち
スマホカメラで熱心に撮影する料理教室の参加者たち
この日の題材となった「アイス風わんごはん」(左)と、「カップケーキ風わんごはん」(右)。いずれも、可愛らしさを追求した“ハレの日” メニュー
この日の題材となった「アイス風わんごはん」(左)と、「カップケーキ風わんごはん」(右)。いずれも、可愛らしさを追求した“ハレの日” メニュー

愛犬の健康を願う飼い主が増加

 料理教室後に行われたアンケートによると、毎日手作りごはんを与えているという人は23%。週に2~3回ほど手作りをしている人を合わせると36%にものぼる。キャベツ、大根、ニンジン、ゴボウなどの野菜や、肉を茹でる。そんな簡単なことから手作りごはんを始める人が多いようだ。

 都内でロングコートチワワを飼っている参加者は、手作りごはんを始めたきっかけについてこう話す。「涙やけがひどく、市販のドッグフードに不安を感じたのがきっかけです。面倒じゃない?と聞かれることが多いですが、基本的に家族のメニューと同じで、味付けはしませんから、そんなに大変じゃない。それより愛犬の健康の方が大切です」

 ちなみに、涙やけとは目の下が常に濡れていて、毛が変色してしまう症状。犬の目は常時涙が分泌されているが、目からあふれることはない。それは、分泌された涙が涙管を通って鼻腔へ流れていくからなのだが、この涙管が詰まることで、涙が鼻腔へ流れなくなりあふれてしまう。あふれた涙にバクテリアが繁殖して、目の下の毛が焼けたように変色してしまうのだ。いま、小型犬を中心に急増しており、食事が原因ともいわれている。

 健康的な生活のために食事を見直す。この流れは、人間社会同様に加速しているようだ。その根底には「食品偽造が相次ぎ、加工食品に対する不安感の高まりがある」と指摘するのは、獣医師・獣医学博士として動物病院も経営する須崎恭彦氏。「愛犬のための手作り健康食」など、手作りごはんに関する著作を多数もち、食事改善をベースにした原因療法を行っている第一人者だ。

「最初に犬の手作りごはんの本を出版したのは02年。当時は犬のごはんを手作りするなんて、ほとんど受け入れられなかったのですが、10数年たってようやく定着してきました」と須崎氏。そうした流れに通底しているのは、前述した健康志向の高まりに加え、それを願う飼い主の愛情の高まりだ。「昔は、重たい鎖でつながれた番犬でしたが、いまは、単なるペットではなく我が子同然なのです」(須崎氏)

 今回取材した料理教室でも、参加者のまなざしは真剣そのもの。材料や調理法、注意点など細かな質問が飛び交い、会場は熱気に包まれた。講師を務めた水野雪絵氏も参加者たちの熱さを肌で感じている。「もともとは自宅で人間の料理教室を行っていたのですが、犬用の要望が強くリクエストにお応えしたところ、すごく熱心な方ばかり集まっていただいて。時間をかなりオーバーしても質問が止まらない(笑)」(水野氏)。以来、犬専門の料理教室にくら替えしたのだそうだ。

イベントなどのアナウンサーとして活躍しながら愛犬料理教室の講師を務める水野氏
イベントなどのアナウンサーとして活躍しながら愛犬料理教室の講師を務める水野氏

ペットフードか手作りか、二者択一ではない!?

 手作りごはんに挑戦するうえで、飼い主の多くが抱える不安点は、「手作りは面倒だ」「おしゃれにおいしく作れない」「健康に悪いものを与えたらどうしよう」などだそう。そうした不安に対しては、それほど気にする必要はないと須崎氏はいう。「よく塩分を薄くなどといいますが、動物の体には調整機能があるので、水をきちんと飲ませれば大丈夫なのです。ペットフードか手作りか、という二者択一ではなく、選択肢を増やすという考え方が大事。人間がインスタントフードも食べ、家庭料理も食べ、懐石料理も食べるように、犬も何でも食べられるようになる適応能力があるのです」。

 水野氏も同意見で「犬のNG食品であるネギ類やチョコレートは別として、人間に良いものは犬にも良いのです。味の濃さが気になる方は、肉や魚の味付けをする前にさっとボイルなどして取り分けたらそんなに面倒ではないはず」と語る。だとしたら、もっと気軽に手作り料理を楽しむ風潮が広がる可能性は十分にある。

 運営会社のヴェイプスでは、今後定期的に愛犬料理教室を開催していく予定という。当面は、バレンタインデーや誕生日などを想定した“ハレの日”用の可愛らしいメニューを題材とする。特別な日だけでなく、例えば毎日の健康ごはんをテーマとした料理教室で、どれくらいの集客とリアクションが望めるのか。その辺りが本格的なブームの分水嶺となりそうだ。16年はそうした行方を含めて注視したい。

 愛犬料理教室を主催するヴェイプスは、提携する食育指導士に依頼し、ペット用のレシピ開発にも注力している。下記が人気レシピのベスト3だ。

1位 お米とゴマのおせんべい
1位 お米とゴマのおせんべい
3位 米粉と豆腐のパンケーキ
3位 米粉と豆腐のパンケーキ

(文/加藤 力)

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