2015年は10月の大雨などで白菜やネギなどの鍋用野菜が高騰し、鍋シーズンのスタートが遅れた。11月に入っても体感温度が例年ほど下がらず、12月1日発表の気象庁の長期予報によると、今冬は6年ぶりの暖冬だという。鍋つゆを販売している食品メーカーのため息が聞こえてきそうだ。

 そんななか、新たなトレンドが出てきた。大手メーカー3社がそろって、独自製法の「だし」を強く打ち出したシリーズを新たに投入しているのだ。キッコーマン食品はだしの素材をパウチの中に入れた「キッコーマン 贅沢だしがおいしい」シリーズを、ヤマキは「だしで味わう だし屋の鍋」シリーズを発売。「野菜のうま鍋」シリーズが好調なメーカー久原醤油(福岡県久山町)も、あごだしと自社製カツオ魚醤(ぎょしょう)を合わせた「あごだし鍋」シリーズを投入した。

 3社ともそれぞれに鍋つゆでは安定した人気の既存商品を持っている。なぜ今、だしに特化したシリーズを発売する必要があったのか。

パウチ内で厚削りのカツオ節を使ってとっただしを使用した「キッコーマン 贅沢だしがおいしい」シリーズ3品(各希望小売価格340円)
パウチ内で厚削りのカツオ節を使ってとっただしを使用した「キッコーマン 贅沢だしがおいしい」シリーズ3品(各希望小売価格340円)
ヤマキ「だしで味わう『だし屋の鍋』」シリーズ4品(各標準小売価格350円)
ヤマキ「だしで味わう『だし屋の鍋』」シリーズ4品(各標準小売価格350円)
久原醤油「あごだし鍋」シリーズ3品(各350円)
久原醤油「あごだし鍋」シリーズ3品(各350円)

パウチの中でだしをとる!?

 しかし、なぜ今「だし」なのか。 「変化球的なバラエティ鍋つゆが一巡し元に戻ったのか、この2~3年は寄せ鍋などの定番が伸びている。定番回帰でだしに注目が集まるようになった」(キッコーマン食品 プロダクト・マネージャー室 つゆ類グループの山本裕哉氏)。同社が実施した「食べ飽きない鍋とは」というアンケートでも、最も多かったのが「だしのきいた鍋」という答えだった。そこで、だしに特化した鍋を考えたという。

 同社の贅沢だしがおいしいシリーズの最大の特徴は、だしをとる素材をまるごとパウチの中に入れる「パウチ内だし抽出製法」を採用していること。レトルト食品を常温流通させるためには殺菌が必要で、容器を密封シールしたあと、食品衛生法で定められた「中心温度120度で4分相当以上」で加圧処理をしなければならない。しかしその影響で、せっかくとっただしが劣化し、風味が飛んでしまいがちだった。その対策を模索した同社では、「レトルト殺菌時の熱を利用して袋の中でだしをとれば風味が劣化しにくいのでは」と考え、同製法を開発した。「風味のあるだしがしっかりとれ、劣化せずにそのまま封入されているので、袋を開けて加熱したときの香り立ちが違う」(山本氏)という。

 だがこれ自体は新しい技術ではない。同社では2010年発売の「よせ鍋つゆ」シリーズから今回と同様の製法を採用しており、地味ながら味は高い評価を得ていた。和食ブームでだしに注目が集まっている今、さらにブラッシュアップして提案したいと考え、贅沢だしがおいしいシリーズを発売したそうだ。

 袋裏面では「鰹だし よせ鍋つゆ」のシメにゆでたうどんとカレールーを入れた「カレーうどん」、「帆立だし塩ちゃんこ鍋つゆ」のシメにゆでたラーメンとバターを入れた「塩バターラーメン」を提案。定番ではあるがひとひねりしたシメで購買につなげる考えだ。「変わり鍋などのトレンドを経たうえでの最近のだしへの注目は、一過性のものではなく今後も続いていくものと考えている」(山本氏)という。

 同シリーズの中で最もよく売れているという「鴨だし鍋つゆ」を食べてみた。袋を開けた瞬間のカツオ節だしの香りは鮮烈。厚削りのカツオ節がかなり大量に入っているので、取り出す。温めるとだしの香りにしょうゆの香りが加わって“そば屋の香り”が部屋中に漂い、たまらなく食欲をそそる。食べてみると鴨だし特有のコク、脂っこさもあるが、しつこくなく食べやすい。「鴨だけでだしをとると少しくどくなる。カツオだしをベースにすることで風味に広がりが出て、鴨のうまみがより引き立つ」(同社)という言葉を思い出した。

 特にしめのそばとの相性は抜群。「鴨そばのつゆとして購入する人も多い」(同社)というのも納得だ。

贅沢だしがおいしいシリーズでは素材をまるごとパウチの中に入れてだしをとる「パウチ内だし抽出製法」を採用しており、加熱によるだしの劣化が少ないという
贅沢だしがおいしいシリーズでは素材をまるごとパウチの中に入れてだしをとる「パウチ内だし抽出製法」を採用しており、加熱によるだしの劣化が少ないという
「鰹だしよせ鍋つゆ」に入っているカツオ節はこのボリューム
「鰹だしよせ鍋つゆ」に入っているカツオ節はこのボリューム
近年のジビエブーム、肉ブームで人気が高まっている「鴨」に着目して作ったという「鴨だし鍋つゆ」。シメに推奨されているそばを投入したところ、隠し味のネギ油がよく効いていて、おいしいそば屋の鴨南蛮を食べている気分になった

“だし屋”の知見を活かした使い分けの妙とは?

 ヤマキの「だしで味わう『だし屋の鍋』」シリーズは、“だし屋”を自認する同社が、家庭で手作りすることが難しい味わいを実現した鍋つゆだという。味の種類に合わせただしをしっかり利かせており、ターゲットの広い寄せ鍋つゆには独自開発の「氷温熟成法鰹節」の粉末をそのまま袋に入れている。「一般的にはカツオ節から抽出したエキスを入れることが多いが、粉末だとパウチを開けたときの香りが全く違う」(ヤマキ 家庭用事業部の髙橋麻希氏)そうだ。

 氷温熟成法とは凍る直前の0℃以下の温度帯(氷温帯)でカツオを解凍することで鮮度を保持する製法だ。この製法によりカツオのうまみ成分の損失を防ぐことができ、うまみが凝縮されたカツオ節ができるという。実際にこの方法で作ったカツオ節はおいしさの目安であるイノシン酸が同社通常品と比較して多く、うまみが強いそうだ。また色味がきれいで見た目も美しいだしに仕上げるため、カツオ節の血合い部分を除き、じっくり加熱する「遠赤外線加工法」で独特の香りを引き出しているという。

 こちらも全くの新技術ということではなく、同社では2012年から氷温熟成法鰹節を使用した「鰹節屋のだし寄せ鍋つゆ」を販売してきた。ではなぜ今年になってだし屋の鍋シリーズを立ち上げたのか。

 最大の理由は、現在の鍋スープ売り場ではシリーズ展開している商品が多く、単品の商品は目立たず埋もれてしまいがちだということ。「消費者からも『どれがヤマキの鍋つゆか分かりにくい』という声が多かった。そこで消費者に分かりやすいようにすると同時に、『一貫してだしにこだわってきた』というヤマキの姿勢を改めて強く打ち出す目的でシリーズ化し、だしを重視したロゴを目立つようにパッケージに配置した」(ヤマキ 家庭用事業部係長 岡田太一氏)という。

 近年の減塩ニーズの高まりに合わせて「塩分ひかえめ寄せ鍋つゆ」を今年から追加しているが、「だしのうま味で塩分を補完しているので、塩分がひかえめでも物足りなさを感じさせない。“だし屋”だからできる減塩鍋つゆ」(岡田氏)という。「西京鍋つゆ」には西京味噌と相性の良いマグロ節を加えている。「だしが注目されているのは、だし屋としてはうれしいこと。競争も厳しくなると思うが、その中でも選んでもらえる商品に育てていきたい」(岡田氏)。

 同シリーズで最もよく売れているという「軍鶏系地鶏だし塩鍋つゆ」を食べてみた。軍鶏系地鶏のだしにとんこつだしを組み合わせているとのことで、あっさり感とこってり感のバランスが絶妙。さらに隠し味のショウガがよく効いていて味に複雑な変化があり、最後まで食べ飽きなかった。

坂本龍馬が近江屋事件で命を落とす直前に食べようとしていたほどの好物の軍鶏鍋をイメージしたという「軍鶏系地鶏だし塩鍋つゆ」(標準小売価格300円)
坂本龍馬が近江屋事件で命を落とす直前に食べようとしていたほどの好物の軍鶏鍋をイメージしたという「軍鶏系地鶏だし塩鍋つゆ」(標準小売価格300円)
鶏系地鶏だし塩鍋つゆに次いでよく売れている「豚しゃぶ野菜鍋つゆ」(標準小売価格350円)
鶏系地鶏だし塩鍋つゆに次いでよく売れている「豚しゃぶ野菜鍋つゆ」(標準小売価格350円)
「軍鶏系地鶏だし塩鍋つゆ」。だしのバランスのよさとショウガの隠し味で味に複雑な変化があり、最後まで食べ飽きなかった
「軍鶏系地鶏だし塩鍋つゆ」。だしのバランスのよさとショウガの隠し味で味に複雑な変化があり、最後まで食べ飽きなかった

創業122年目の大発見!?

 「あごだし鍋」シリーズを発売した久原醤油は、創業122年という福岡県の老舗醤油蔵。「キャベツのうまたれ」のヒットで知られ、近年はグループ会社の久原本家が通信販売を中心に展開する「茅乃舎だし」が料理好きなシニア・高齢層主婦の支持を得ている。さらに2011年に発売した「もやしのうま鍋」のヒット以降、「キャベツのうま鍋」「はくさいのうま鍋」「きのこのうま鍋」「じゃがいものうま鍋」と、野菜のうま鍋シリーズを展開している。

 あごだし鍋シリーズでは久原醤油が長年培ってきただしの調合技術を生かし、あごだしのうまみによる本格的な味作りを目指したという。暖冬で多くの鍋スープが苦戦しているなか、同シリーズは予想以上によく売れているそうで、女性誌の鍋ランキングで1位に選ばれたこともあるそうだ。

 同シリーズを発売した最大の狙いは、売り場の拡大。これまでうま鍋シリーズの棚は青果売り場が中心だったが、加工食品売り場に進出したいと考えたという。「『うま鍋』で大きなご評価をいただいているが、売り場を拡大するためにさらにエッジのきいた商品を作りたい。そのためにはどんな強みを打ち出せるかと考えたとき、グループ会社で取り扱っている『茅乃舎』でも高い評価をいただいているだしではないかと考えた」(久原本家グループ本社 プロダクトマーケティング部部長の戸嶋禎一氏)。

 そこで、同社がこれまでさまざまな商品のだしとして使ってきた焼きあごを前面に出した鍋つゆの展開となったわけだ。「ここ数年あごだしを使った商品を多くの食品メーカーが出しているが、先鞭をつけたのは久原醤油。『あごだしの久原』という印象を持ってもらいたい」(戸嶋氏)。

 ちなみにあごだしとは、焼きあご(飛び魚)のだし。九州以外ではあまりなじみがないが、福岡・博多では縁起のいい高級食材として古くから親しまれてきた。飛び魚を「あご」と呼ぶ由来は、一説によると「あごが落ちるほどおいしい」からだと言われている。そのうまみの秘密は、飛び魚の生態にあるという。時速50km以上のスピードで、最長で400mほども海上を飛ぶ魚の体は脂肪分が少なく、身が引き締まっている。そのためあごだしは臭みがない上品な風味になるといわれている。

 同シリーズのもう一つの特徴が、あごだしと相性の良い隠し味として自社製カツオ魚醤を使用していること。魚醤とは魚を塩漬けにして発酵・熟成させた液のこと。長い時間をかけてうまみが熟成される一方で魚独特のにおいもあるため、同社ではカツオ節の名産地でカツオの魚醤を研究。3年かけて臭みのないまろやかな味の配合にたどりついたそうだ。「あごだしのクセと自社製カツオ魚醤のクセをぶつけることで、驚くほど複雑な味わいやコク、深みが出る。創業122年の弊社にとっても大きな発見だった」(戸嶋氏)という。

 そのあごだし寄せ鍋を食べてみた。ひとくち食べて家人と顔を見合わせたほどうまみが強い。そしてこの鍋スープのおいしさを最も強く感じたのが、シメの雑炊。いつも自己流で作っている寄せ鍋の後の雑炊とは明らかに違う、濃厚で上品なうまみがはっきりと感じられた。

あごだし鍋シリーズの「あごだし寄せ鍋」。シメの雑炊で特にあごだしの力強いうまみを痛感
あごだし鍋シリーズの「あごだし寄せ鍋」。シメの雑炊で特にあごだしの力強いうまみを痛感

定番同士だから、戦いはし烈!?

 3社を取材して感じたのは、定番回帰志向がすっかり定着したこと。そしてそれゆえ、売り場での競争が激化しているということだ。味の種類で人目を引ける“バラエティ鍋”と違い、寄せ鍋は差異化が難しい。であれば、メーカーやブランドのイメージで選ばせるしかない。そのせいか、どのブランドもロゴマークがゴールドで、非常に大きく配置されて目立っている。

 鍋つゆ市場では、2008年の「カレー鍋」、2009年「トマト鍋」のヒット以降、 バラエティ鍋つゆのヒットが出てない。かろうじて2011年に丸大食品が「スンドゥブシリーズ」3品を含む韓国シリーズ全体で約30億円を売り上げた程度だ。そのヒットを受けて2012年には大手3社が韓国料理をアレンジしたバラエティ鍋つゆを発売したものの、これも定番化には至らなかった(関連記事:「2012年「鍋」新トレンドは“ネオ韓国”、ひとり鍋もブレイク!?」。

 思えばバラエティ鍋の始まりは、家庭で鍋を食べる頻度が増えたことによって「鍋はシーズン終わりには飽きてくる」という悩みからだった。バラエティ鍋が出尽くし、今また定番に回帰したことで、今度は「定番でも食べ飽きない鍋」が求められるようになっているのだ。

 しかし、素人にはこれが難しい。「寄せ鍋程度にわざわざ鍋つゆを買う必要はない」という意見もあるが、食べ飽きない味にしようとすると、だしのほかに鶏肉、貝類など、だしがとれる素材を複数組み合わせて深みを出さなければならず、意外に高くつく。350円前後でこれだけ完成度の高い味を出せるなら、定番味の鍋つゆはむしろ「買い」ではないかと感じた。今後も鍋つゆは食べ飽きない味に向かって進化していくのかもしれない。

キッコーマンの調査では食べ飽きない鍋つゆのポイントとして「さっぱりした味」「だしが効いている」が多く挙がったという
キッコーマンの調査では食べ飽きない鍋つゆのポイントとして「さっぱりした味」「だしが効いている」が多く挙がったという

(文/桑原恵美子)

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