戦国時代より一層激しい戦いが繰り広げられている――時代劇ではなく、アイドルグループのファン獲得競争の話。2016年夏も、大型のアイドルイベントが立て続けに開催され、多くのアイドルファンでにぎわった。これらのイベントを取材してみると、見えてきたのは「アイドル新戦国時代」。ネットサービスの普及で参入障壁が下がり、グループの多様化が進んでいる。

180組を超えるアイドルが参戦した@JAM×ナタリーEXPO 2016

 アイドルシーンでは恒例となった「TOKYO IDOL FESTIVAL2016(TIF2016)」や「アイドル横丁夏まつり!!~2016~」などの大型夏フェスに続き9月に開催されたのが「@JAM×ナタリーEXPO 2016」だ。ソニーミュージックグループのZeppライブとポップカルチャーメディアのナタリーを運営するナターシャなどが企画した。Zeppライブは従来からアイドルイベントの「@JAM」を開催してきたが、ナタリーとのタッグで新たな層の取り込みも狙った。

 9月24日、25日に幕張メッセの国際展示場で開催された@JAM×ナタリーEXPO 2016(以下、@JAM EXPO 2016)には、総勢165組(トークゲストなどを含めると180組超)のアイドルが出演し計2万4000人を集めた。メーンステージとなるストロベリーステージでは、直前に参加が発表された「欅坂46」から、「でんぱ組.inc」「SUPER☆GiRLS」「私立恵比寿中学」など有名アイドルグループがステージに立った。ロックグループの「SPYAIR」や男性アイドルの「超特急」など、アイドルフェスには異色のグループが出演したのも特徴。アイドルファンではない音楽ファンでも楽しめる構成にした。

@JAM EXPO 2016のステージに立つ「欅坂46」(左)と「でんぱ組.inc」

 「3B junior」「神宿」「わーすた」「マジカル・パンチライン」「sora tob sakana」「PPP!PiXiON」「notall」「drop」「PiiiiiiiN」「まねきケチャ」「PassCode」「生ハムと焼うどん」「妄想キャリブレーション」「Party Rockets GT」「ときめき宣伝部」――名前を聞いたことがあるグループはどのくらいあるだろうか。これらはすべて@JAM EXPO 2016に出演したグループ。アイドルマニアいわく、今注目株のアイドルたちだ。こうしたグループが繰り広げるファン獲得競争の場の一つがアイドルフェスでもあるのだ。

「神宿」(左)「わーすた」(右)などアイドルファン注目のグループも出演した

聖地は武道館からZeppへ

 2010年前後、当時多くのアイドルが輩出されたことから、“アイドル戦国時代”と呼ばれる時期があったのは記憶に新しい。現在は「AKB48」グループや「ももいろクローバーZ(以下、ももクロ)」など少数のトップグループを中心としたピラミッド構造をもって、アイドルシーンは一旦安定したかのように見える。しかし、実は水面下で、以前の戦国時代より一層激しい合戦が繰り広げられていることは、意外と一般に知られていない。その理由は、こうしたトップグループに取って代わることができる新たな大型アイドル候補の不在にある。

 @JAMの総合プロデューサーで自らも複数のアイドルグループのプロデューサーを務めるZeppライブの橋元恵一氏は、「でんぱ組やももクロ、BABYMETALのような大型グループを生み出す土壌が作りづらくなっている」と言う。これまで、ほとんどのアイドルが出演ステージの一つの目標として“聖地”武道館を掲げてきた。ところがここに来て、目指すステージがZepp東京やZeppダイバーシティ東京に変わってきたという。集客力からいうと、5000人~1万人規模から2000~3000人規模への縮小だ。

Zeppライブで@JAMの総合プロデューサーを務める橋元恵一氏
Zeppライブで@JAMの総合プロデューサーを務める橋元恵一氏

 個々のアイドルがファンを集めにくくなった原因は、アイドル側の集客能力の低下にある。アイドル(およびアイドルプロデュース)への参入障壁が下がり、極端に言えば「誰でもアイドル(アイドルプロデューサー)になれる」ようになった。こうしたアイドルは集客のためのプロモーション力や資金、ノウハウを十分持たないため、結果的に個々のアイドルの集客力は減少しているのが現状だ。また、参入障壁の低下によって、当然、全体のアイドルやアイドル系事務所の数は増える傾向にある。これに呼応するようにアイドルイベントの数も増加している。しかし一方で、「アイドルファン全体の数はここ数年増えていないように思う」と橋元氏。ハッキリした統計があるわけではないが、ファンの数が変わらないのに増えるアイドルグループ。結果、熾烈なファン争奪戦が起こっているというわけだ。

ネットサービスの普及がアイドルの参入障壁を下げた

 アイドルへの参入障壁が大きく下がった背景には、ネットサービスの普及がある。「YouTube」や「Ustream」のような無料ストリーム配信サービスが、アイドルが自己表現できる場になった。視聴者とのコミュニケーション機能を加えた新たな「アイドルとファンの出会い」の場もネット上で増えている。ただ「観る」から「交流する」場にメディアが進化しており、こうしたサービスを使ってアイドルへの一歩を踏み出す新人も増えているという。

 これらのサービスでは、アイドルの動画・静止画・音声などの配信にファンがコメントを付けたり、応援のためのアイテムを贈ったりできる。ファンにとってはほぼ無料でアイドル本人と直接情報交換ができ、またアイドル側も簡単な登録だけで安価にファンへのリーチ方法が手に入れられる。従来からあるニコニコ生放送やツイキャス(TwitCasting)に加え、ここ最近ではディー・エヌ・エーが立ち上げた「SHOWROOM」やユナイテッド子会社のフォッグが作った「CHEERZ」、サイバーエージェントの「AMESTAGE」、ミクシィの「きみだけLIVE」など枚挙に暇がないくらい多くのサービスが立ち上がっている。

 イベント告知もネットを使えば簡単だ。拡散・コミュニケーション手段としてのTwitterなどSNSは、たやすく誰でも使える。SNSは、同じ嗜好性を持つファン同士が集う場所としても機能しやすい。以前のように苦労して印刷物やポスターを作ったりしなくても、安価で効果的な周知手段が今のネット環境には用意されている。

多様化でファン争奪戦に臨むアイドル

 多数のアイドルグループが誕生し、それぞれがファン獲得を狙う。そうなれば重要になってくるのは、他のアイドルとの差異化だ。個性を打ち出そうとするからアイドルの多様化が進む。AKB48のような“王道アイドル”は依然アイドルピラミッドの頂点に君臨しているが、アイドル界全体を見わたすと、音楽性や演じるスタイルがかつてないほど多様化しているのが、今のアイドルシーンなのだ。これは、ファンの嗜好性の多様化という状況にもマッチした流れといえるだろう。

 楽曲的には、ヘビーメタルやハードロック、EDMとさまざまなジャンルを取り込んだアイドルが世に出始めている。メタルに真正面から取り組み成功を収めた「BABYMETAL」を筆頭に、エモーショナルなパンクスタイルで急成長中の「BiSH」、ラウドロックとEDMを取り込み熱狂的なファンが多い「PassCode」、実力派アーティストによる多様性のあるサウンドでファンを惹き付ける「sora tob sakana」、ロコドル(地方を拠点とするアイドル)ながらTIF 2015でロックファンの話題をさらった「大阪☆春夏秋冬」など、多様なスタイルが出現している。いずれもアイドルというスタイルを崩さずに音楽性を高めて差異化に臨む、アーティスト路線とは一線を画したアイドルの王道で新戦国時代に挑むアイドルたちだ。

パンクスタイルで急成長中の「BiSH」(左)とロックファンから話題の「大阪☆春夏秋冬」。いずれも@JAM EXPO 2016のステージ

 演じる設定自体も多様化している。CA(キャビンアテンダント)をモチーフにした「PASSPO☆」は以前(2009年に活動開始)より“職業設定型アイドル”としてファンの間ではよく知られている。一方、新しいグループとして、例えば「オトメブレイヴ」というグループはRPG(ロールプレイングゲーム)を活動のスタイルに取り入れ、ライブ動員によってレベルが上がり楽曲や衣装を得られるというゲーム好きに共感されやすい“設定”を持ち込んだ。また、“魔法”をテーマにして全員が魔法学校の生徒という設定の「マジカル・パンチライン」や、サバイバルゲームやミリタリー要素と女子校を組み合わせた「転校少女歌撃団」、海賊をテーマに衣装をはじめ楽曲から特典会まで海賊色で染める「スマイル海賊団」、「歌って踊って釣りのできるアイドル」として釣りをテーマにした「つりビット」など、さまざまな設定のアイドルたちを俯瞰するだけでも楽しい。

 “アイドル”という既成概念そのものを打破しようとするグループも現れた。「生ハムと焼うどん(生うどん)」は、女子高校生(現在はすでに卒業)でありながらマシンガントークと客いじりを武器に、従来のように“歌って踊る”だけではなく、お笑い顔負けの寸劇を行うアイドルとして注目を浴びている。さらにセルフプロデュースということで、どこの事務所にも所属せずに3000人規模のライブ(10月21日のTOKYO DOME CITY HALLでの3rdワンマンライブ)を成功させるなど、運営自体も型破りといえるだろう。

 後編では、こうした新戦国時代に適応すべく多様に進化したアイドルたちが描くビジネス・シナリオを探る。

(文/野崎勝弘=メディアリード)

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